第48話 ビワゼリー

 アリアドネが来襲してから数日経過した。

 民宿は変わらず好調で常連さんも増えてきたんだ。


「あれ、冒険に行かないの?」

「今日は休暇だ。街で休むより月見草から動いた方が目的地も近い」

「もう、ライザったらあ。素直じゃないんだからあ」


 堅物のライザに軽い調子で朗らかに笑うアーチャーではなくスカウトだったテレーズ。

 二人の言葉通り、彼女らは冒険者用の装備を身に付けていなかった。

 軽装のテレーズはそこまで代わり映えがないが、ライザは重い鎧を身に着けていない。

 宿泊者用の浴衣も気にいってくれたらしく、二人とも宿に泊まった時には身に着けてくれていた。

 

「私はだな。単にここから次の目的地が近いから、月見草に来たわけであってだな」

「またまたあ」


 まだ言い合っている。二人の仲の良さが窺えるってものだ。

 そういや、ライザ・テレーズコンビもゴンザ・ザルマンコンビも種族が人間だな。俺も人間なわけだけど、廃村には俺以外の人間はいない。

 廃村の住人は当初から二人増えていて、俺たちより先に住んでいた小人たちもいる。

 マリーは猫の獣人で、職人のポラリスはノーム。そして、酔っ払いこと赤の魔導士は狸耳で、人間は俺だけだった。

 だからと言って思うところは何一つないわけなのだけど、珍しいなと思ってね。

 街にいけば人間が7割以上を占めるのだ。

 そう考えると今の人口比率は珍しいなって。

 なんてことを考えながらも、椅子に座って休んでいるわけでなく、キッチンで手を動かしていた。

 

「マリー。一旦休憩にしないか? おやつタイムにしよう」

「嬉しいです!」

 

 畑に水をやっていたマリーを窓越しに呼ぶと、猫耳をぴくんとさせ元気よく彼女が応じる。

 

「ま、まあ。湯に浸かることができるし、筋肉痛があったとしてもすっかり良くなる。疲労回復にはもってこいだな。娯楽はないが、休暇を過ごすには悪くない」

「へえ。そうねえ。確かにい。冒険者にとって疲労回復は超重要よねー。でも、ライザなら普通に寝たら元気になるんじゃないのお」

「まだ同じことをやっていたのか。おやつでも食べないか?」


 俺が持ってきた皿に釘付けになるライザをにいいっと見つめ口元に手をやるテレーズ。

 そんな彼女に対し、顔を真っ赤にして憮然とした顔をするライザであった。

 食べ物も楽しみだったのね。別に隠すことでもないと思うんだけどなあ。民宿の食事を気にいってくれていると知れたら、素直に嬉しいし。

 

「エリックくん。とても綺麗なデザートだね。透明なゼリーだから、鮮やかなオレンジが浮いているみたい!」

「だろだろー。一度作ってみたかったんだよね。たっぷりと水あめを混ぜているから甘いぞ。オレンジのものはビワというんだ。野山で見つけて熟すのを待ってたんだよ」

「すぐ食べたいところだけど……看板娘さんを待たなきゃね! ね。ライザ」

「何故、そこで私に言うんだ……」

「なんとなく?」

「全く……」


 腕を組み小さく首を振るライザに対し、「あはは」と笑うテレーズである。

 二人の様子は本当にリラックスしているのだなと見て取れた。

 彼女らだけでなく、こうして宿に逗留とうりゅうしてゆっくり過ごすことのできるような設備も増やしたいところだよな。

 廃村じゃ観光するところなんて無いし。

 パン焼き体験とかでもしてもらうか? いや……体験系はこの世界だとどうだろうか。

 冒険者ならともかく、街で住む人なら毎日とは言わないまでもちょこちょこ自家製パンを作っていると思う。

 陶器を作る体験とかならいいかもしれない。ポラリスと相談するのもいいかもなー。

 

「お待たせしましたー。うわあ。とっても綺麗なおやつですね! 食べちゃうのが勿体ないです!」


 息を切らせたマリーが到着し、目を輝かせる。


「今回用意したおやつは『ビワゼリー』だよ。それほど手の込んだことをしているわけじゃなく、ビワを丸ごとゼリーで包んでいるんだ。好評だったら、部屋のおやつとして出すかも」


 って説明をしていたら、三人とも既にビワゼリーに口をつけ始めていた。

 ……。

 無言で手を合わせ「いただきます」とボソッとつぶやき、フォークを手にする。

 プルンプルンのゼリーにすっとフォークが入っていく。さほど力を入れずともビワの実にもフォークが通る。

 ほ。ほおお。

 甘いゼリーとこれまた違った甘さのビワのコントラストが良いぞ。

 甘いものに飢えているから、余計においしく感じる。

 

「これは……是非とも部屋菓子として出して欲しいものだな」

「甘いのにとってもさっぱりしていて、美味しいよ。エリックくん」


 冒険者二人も気にいってくれたようだ。

 マリー? マリーは聞かなくても分かる。幸せいっぱいの笑顔に尻尾がご機嫌に揺れ、猫耳がピンと立っているのだから。


「お邪魔します。おや。冒険者のお二人も。ちょうど良かったです」


 噂をすれば何とやら。やって来たのは廃村の二人の住人のうちの一人である職人のポラリスだった。


「ちょうど良かった。おやつを食べていたところだったんだ。ポラリスも食べる?」

「ありがとうございます! エリックさんの作るお菓子はとても美味しいので楽しみです」

「すぐ持ってくるよ。座って待ってて」

「はい」


 ポラリスがちょこんと椅子に座り、持ってきた大きな袋を床に置く。


「お待たせ」

「美しいお菓子ですね。ではさっそく」


 おいしいと何度も口にしつつビワゼリーを完食したポラリスが要件を告げる。

 

「先日、持って帰らせてもらった革の腰巻ができたので持ってきたんですよ。冒険者さんもいらっしゃるので見てもらえませんか?」

「おおお。是非是非!」


 そうだったそうだった。

 ポラリスに剣道の垂のような腰巻を作ってもらっていたのだ。

 布の包みを取ると革の腰巻が出て来た。依頼通りであるが、見事な麻の葉のデザインが素晴らしい。

 考案はしたけど、俺じゃ革にこれほどの刺繍をするなんて無理だ。

 

「可愛い! スカートの上に装着するのかな?」



 真っ先に喰いついたのはテレーズだった。

 彼女のような軽装の冒険者用に考案したものだったので、しめしめといったところ。

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