第59話 洗車

 朝ごはんか、何を作ろうか。

 醤油が手に入ったので試しに醤油を使ってみたい。

 昨日のご飯が残ってるか。冷ご飯をレンジでチンして食べる、というわけにはいかない。

 よっし。じゃあ。

 ご飯を麵棒でゴリゴリやってすり潰し、ゴマと細かく砕いたクルミを混ぜる。

 ちょこっと天才錬金術師製の水あめを入れて、タネの完成。

 タネを小判状に形を整えて細い竹の棒に突き刺す。

 竹の棒の先を持って、炭火でじりじりと焼き、一度火から離して味噌をペタペタと付けて再度焼く。


「よっし、完成!」

「いい匂いですね! 栗蒸しまんじゅうみたいなものですか?」

「うん。朝ごはんのつもりだからお菓子じゃないけどね」

「どんな名前なんですか?」

「五平餅……らしきもの。米を潰して焼いたものだからお腹も膨れるよ」


 ご飯が余った時に焼きおにぎりじゃなくひと手間かけると、五平餅もできる。

 熱いうちに食べよう。

 マリーはこれでもかとふーふーしてから、五平餅の端っこをちょこっと齧る。

 どうやら熱さは大丈夫な模様。

 彼女は唇を閉じたまま、もむもむと顎を動かし目尻が下がる。

 

「おいしいです! まんじゅうよりもっともちっとしてますね」

「米でも結構もちもちになるもんだな。餅の代わりに、とまではいかないけど食べやすくていける」

「餅?」

「ああ。今食べてる米の別種でさ。五平餅よりもっともちっとするんだ。引っ張ると伸びるくらいに」

「そのような食材があるんですか!」

「どっかにあると思う。別の場所にあの亀に似たような生き物がいたら、ひょっとすると……」

「ぼ、冒険はほどほどにしてくださいね。お怪我をしたら、とハラハラしてしまいます」

「大丈夫だよ。無理はしない。ジャイアントビートルは素早いし。そうそう追いつかれないさ」

「そ、そうですか……」


 ジャイアントビートルの名で笑顔が固まるマリーの口元に手ぬぐいを当てる。

 カッと頬を赤らめた彼女は「あ、ありがとうございます」と言って手ぬぐいを自分の手で掴む。

 手ぬぐいから手を離した俺は、自分の口元を拭い、人のことは言えないか、と苦笑するのだった。

 その時、キッチンに置いたままの醤油が入った瓶が目に映る。


「あ。あああああ」

「ど、どうしましたか……?」


 突然の叫び声にマリーが猫耳をペタンとさせた。


「昨日、グレゴールさんから新しい調味料を頂いたんだよ」

「あの瓶ですか」

「うん。マリーには自室に戻ってもらったじゃない。あの後にさ」

「何という調味料なのですか?」

「醤油といって、味噌だまりに近い味だよ」

「楽しみですね!」


 結果的にマリーが笑顔になってくれたからそれで良し。醤油はそこにある。

 酒でもないから、酔っ払いが手を出すこともないだろう。

 マリーに言ってないけど、実はもう一つ調味料を作ってある。

 これもスフィアに協力してもらったことなのだけど、日本酒があれば作成可能だと思ってやってもらったらあっさりと作ることができたんだ。

 もう少し熟成させた方がいいのかなと奥にしまってあったが、熟成させるだけならスフィアに頼めば良かったと今しがた思い出した。


「マリー。今日からトイレの工事をしてくれることになっていたのを覚えている?」

「はい! わたしが見ておきますので、エリックさんはお出かけされても大丈夫ですよ」

「助かる」

「いえ。わたしは狩猟なんてできませんし……」

「適材適所だよ。マリーにはマリーにしかできないことがある。俺もそう。二人じゃなかったらまだ宿を開くことさえできてなかったよ」


 マリーは「お役に立てない」ことをとかく気にしている。

 彼女に「適材適所」と言ったのはこれで何度目だろうか。今彼女がいなくなったらと想像するとゾッとするよ。

 俺のヒールの特異性に気が付けたのも彼女あってこそだし、猫がいたから小人族の協力を得ることが出来た。

 全ての事柄が奇跡的にうまくはまって現在の宿がある。

 感謝の心を忘れぬよう、今日も今日とて狩に向かうとしよう。

 

 向かう先はすっかりお馴染みになった隣家の厩舎だ。

 中にはメタリックブルーのカブトムシ鎮座している。


「すぐに狩に行きたいところだけど、まずは」


 木桶と布を用意して、ゴシゴシとカブトムシの甲殻を綺麗にすることにした。

 布よりスポンジが欲しくなってくるな。感覚としては完全に車の洗車である。

 表面の色も振れた感じも車そのものだし。ひんやりしていて金属かと錯覚する。

 甲虫の甲殻って他もこんな感じだっけ? 硬いは硬いけど、金属のような感じではなかったような。


「出かけるから汚れちゃうと思うけど、戻ってからじゃ暗くなってるし我慢してくれよ」


 すっかり綺麗になったメタリックブルーの甲殻をポンと叩く。

 するとカブトムシが右前脚をカサリと上に向ける。

 甲殻を綺麗にすることで彼が喜んでくれた気がして嬉しくなった。

 彼からすると綺麗にする習慣なんて無いから、べたべたと甲殻に触られて不快だったかもしれないもの。


「よっし。じゃあ、さっぱりとしたところで食事にしようか」

「すみよんも食べまあす」


 コロコロと転がって来たリンゴが足元に当たる。

 どうやら声の主がリンゴを抱えすぎてポロリと落としてしまったようだ。

 声の主はお馴染みワオキツネザルのすみよんである。

 長い縞々の尻尾を自分の首に巻きつけ、リンゴを腕一杯に抱えよたよたとやって来た。

 あれだけ長い尻尾ならリンゴの一つくらい掴めそうだけど、難しいんだろうか。

 

「じゃあ、先にジャイアントビートルと分けておいてもらってもいい? 追加を持ってくるからさ」

「ブドウがいいでーす」

「ブドウか。まだあったと思う。待ってて」

「分かりましたー。リンゴはジャイアントビートルにもあげまあす。その代わりブドウくださーい」


 そんじゃま。ブドウをストックから取ってくることにしようか。

 今日はビワをカブトムシに与えようかなって思ってたんだけど、ブドウをご所望らしいからな。

 すみよんはともかく、カブトムシもブドウをもしゃもしゃ食べてくれる。

 あの図体の割に俺より食べないくらいなんだよな。昆虫だからだろうか。

 餌代が少なくて済むのは良いことだ。うんうん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る