第51話 俺にはとっておきがあるのだ

 遠くから釘を打つ音が聞こえて来る。どうやら錬金術屋の建築工事が始まったようだ。

 頭頂部が寂しくなっている大工たちのリーダー「アブラーン」から廃材を使っていいか聞かれたけど、俺のものでもないし「自由に使っていいんじゃないかな?」と応えておいた。

 ポラリスも廃材を使って一軒家を改装していたし、彼も否とは言わないだろう。

 もう一人の住民である赤の魔導士こと酔っ払いスフィアは廃材を使わないから聞くまでも無い。

 といっても彼女の住む家は彼女が何かしたわけではない。

 彼女の住む素敵なログハウスはビーバーたちが一日で作ってしまった一品である。敢えて言うならビーバーに「お願い」をしたすみよんの貢献かな。

 最近、メタリックブルーに輝くカブトムシことジャイアントビートルの小屋も増築された。

 そんなわけで、現在の住人が廃材を使うことに関して特に何かを言う状態ではなかったから、問題ない。

 

「これは……手軽に食べることが出来てうまい。更に腹にも溜まる! 明日の昼用に作ってもらえないか?」

「分かった。明日早くに出るんだっけ?」

 

 民宿に戻ったら丁度ライザとテレーズが帰ってきたところで、すぐに食事にしたんだ。

 そして今、ライスバーガーを完食し丁寧に口元を拭うライザから依頼が入ったところである。

 材料もまだあるし、ついでだから俺とマリーの分も作ろうかな。同じ具材だと芸がないので、違うものにしよう。

 頭の中で材料の計算をしていたら、ふと顔をあげたライザが尋ねて来る。


「そうだ。エリックも来るか?」

「いや。俺は……どの辺まで行くんだ?」

「北の湖だ」

「おお。北の湖か! 何か食材やらが見つかるかもしれないな。俺もついて行って大丈夫なの?」

「問題ない。エリックは弓も扱えるし、それほど強いモンスターがいないからな」

「へえ。そのうち行ってみようと思ってたんだよ。冒険者たちから北の湖について聞いたこともあったからさ」

「ギルドの難易度的にも高くない。湖の中に潜らなければ」


 その言いようだと潜るとヤバいのが出て来るかもしれないってことか。

 水中は体の動きも鈍くなるし、息も続かないしで、陸上で戦うようにはいかない。弓も長柄の武器も使えないからさ。

 そもそも水中のモンスターを倒すとなれば陸上より数段階難易度が高くなるものなのだ。

 攻撃魔法の種類次第では逆に陸上より狩りやすいとも聞くけど……ライザもテレーズも攻撃魔法を使うことが出来ない。もちろん俺も。

 なので、攻撃魔法で何とかする線は彼女も考えていないだろう。

 ……水中戦前提みたいに考えていたけど、潜るとは言ってないな。早とちりはいけないぞ、俺。

 

 遅れてライスバーガーを食べ終えたテレーズが口元のご飯粒を摘まんで口に運ぶ。そのまま指を口元にあてた彼女が上目遣いになり、唇をすぼめる。

 

「エリックくん。宿を開けて大丈夫なの?」

「ん。どういうこと?」

「北の湖に到着してすぐ引き返しても、一日で行って帰ってこれないよ?」

「それなら心配ない。とっておきがあるんだよ」


 親指を立てると横で俺たちの会話を聞いていたマリーの尻尾がぶわっと逆立った。

 一方でテレーズは両手を顔の前で合わせてワクワクしたように言葉を続ける。

 

「とっておきって何かな。楽しみー」

「はは。明日にお披露目するよ。三人でも平気だぜ」

「馬車じゃ、道がしんどいよ」

「馬で行けないような悪路でも平気なんだぞ」

「へええ。すごい。いつの間にそんな騎乗生物を」

「見たら驚くぞ」


 にこっと笑顔を向けるとマリーが冷や汗をかきながら、目を泳がせた。

 彼女と異なり、二人は冒険者だ。毛嫌いされることもないだろうし、むしろ驚くべき性能に感動してくれるはず。


「あ。マリー。後片づけを任せていいかな。ちょっと大工たちのところまで行ってくるよ」

「はい!」

「料理の仕込み時間までには戻るよ」

「行ってらっしゃいませ!」


 ◇◇◇

 

 翌朝、出立の準備をしているとアブラーンと最初に俺たちに気が付いたツンツン頭の高校生くらいの男の子がやって来る。

 

「高価な付与をかけてくださり、ありがとうございました!」

「すげえよ! 兄ちゃん! 全然疲れないんだ!」

「お近づきの印に、と思ってのことです」


 アブラーンと男の子が感謝の意を伝えてきたが、「いえいえ」と小さく首を振って応じた。

 せめて肉体的には元気になってもらいたいと思ったんだよね。大工たちはアレの指示で動くんだろ。

 そっちはどうしようもないから、さ。

 アレと会話しているとどれだけ疲労するか身をもって体験しているから。あと、俺のお願いもやりやすくなるかもという打算もある。

 あの後、大工たち全員の服にヒールをかけたんだ。俺自身も服にヒールをかけると、大幅に疲労を軽減してくれることを身をもって知っている。

 効果覿面だったようで、こうして朝から二人が訪れてくれたというわけだ。

 

「グレゴール様もいたく感謝しておられました」

「そ、そうですか」

「主からエリックさんの民宿で『何かお手伝いできることがあれば、手伝ってこい』とも申しつけられております。錬金術屋の建築が優先とはなりますが、大工仕事の用命がありましたら是非」

「本当ですか! もちろんお金は払います。やっていただきたいことがあるんです。どれほど工数がかかるのか素人なもので分からないのですが……」


 マジか。マジか。まさか向こうからお願いしてきてくれるとは望外の喜び。

 

「できるかどうかも見て欲しいのですが、客室全てにトイレを用意できないかと思ってまして」

「なるほど。魔道具はお持ちではないですよね?」

「持っていません」

「分かりました。魔道具を装着すれば稼働するところまで造らせて頂きます! それくらいでしたら、キッドともう一人で二日ほど頂けますと」

「そんなに短期間で大丈夫なんですか?」

「はい。それほどの大工事ではありません」


 お。おおおお。

 ついに客室にトイレを用意できる日がやって来そうだぞ。

 魔道具はグラシアーノに頼むか、カブトムシもいるから街までひとっ走り行ってきてもいい。

 魔道具がお高かったら、揃えるまで時間がかかっちゃうけど……。

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