第50話 ブツブツ呟いている
「普通だ……」
「大きな馬車ですね」
「大工を連れて来たと言ってたけど、どうするつもりなんだろう」
「木材も積んでいるんでしょうか?」
自称天才錬金術師はどこへ行ったんだろうか。
外に出て広場まで行くと、馬車の一団が荷物のチェックをしていた。
テキパキと作業をこなしている筋肉質で良く日に焼けた男たちはグレゴールの情報によると大工たちで間違いない。
俺たちの姿に気が付いた少年と青年の中間くらいの男の子が、奥で作業をする中年の男に声をかけている。
すると、はち切れんばかりの肉体を持つ頭頂部が寂しいことになっている男は大柄な体を縮困らせ会釈をしてきた。
同じように会釈をして、彼に近寄る。
「こんにちは。そこの民宿を経営しているエリックです」
「ご丁寧にどうも。俺はアブラーン。今回の一団のリーダーを任されています」
「よろしく」とお互いに握手を交わす。
挨拶が終ると彼は渋い顔をして尋ねてきた。
「グレゴール様がそちらに行ったと聞いていたんですが、お伺いしておりませんでしたか?」
「突然飛び出してしまって。連れてきた大工さんたちに軽食を届けて欲しいと彼から依頼されてたんですが……どうにもこうにも」
「なるほど。グレゴール様らしい。しかし、ここは街の中ではありません。モンスターに襲われでもしたら事です」
「確かに……」
「おい」とアブラーンが呼びかけると、仲間の大工たち数名が走り出す。
あの変な錬金術師に振り回されたストレスで彼の頭が寂しいことになってしまったんだろうか。
俺の表情を別の意味で捉えたらしい彼は胸をポンと叩き、白い歯を見せる。
「ご安心ください。大工のみが本業のものもいますが、戦いの心得がある者が数名いますので。モンスターに遅れをとることはありません」
「そ、そうでしたか」
違うことを心配していた何て言えるわけがない俺は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
彼の言うように警備も柵もない廃村ではモンスターと遭遇する可能性がある。
だけど、廃村の中でこれまで一度も危険なモンスターに出会ったことがないんだよね。
なので廃村の中にいるのだったらまず大丈夫と思う。休息している冒険者もいるだろうし、テレーズたちもこの辺を散歩でもしているはず。
「あ、あの。マリアンナと言います。みなさんは全部で何人になられますか?」
彼の頭頂部が気になって仕方ない俺と違い、マリーは職務のことを忘れていなかった。
遠慮がちであったが、ちゃんと聞かなければならないことを聞いている。彼女も随分と成長したよな。
と、謎の上から目線で偉そうな俺は何をしていたんだと言われると……自分の頭頂部に手を当てていた。
俺は大丈夫。まだまだ行ける。
スキンヘッドのザルマンは剃っていると言っていたが、アブラーンは。
違う違う。彼らに軽食を届けるのが今俺が考えることだ。惑わされてはいけないんだぞ。
フラフラとどこかをうろついている錬金術師のことは放っておいて、俺は俺の仕事をすることにした。
彼らは全部で15人もいる。これだけの人数を連れてくる錬金術師って何者なんだろう。
大繁盛している錬金術屋で数店舗を抱えていて……そのオーナーがグレゴール?
ないない。彼は商売に興味があるようには見えないもんな。
自分の作りたいものを作って満足する。そんなタイプだよなあ……これまでの彼の行動を見る限り。
特許をいくつも持っていて、その収入が、という線もない。
理由は簡単で、以前住んでいたキルハイムの街があるキルハイム領はもちろんのこと王国でも特許という考え方自体がないんだ。
門外不出で何らかの部品を提供していたりする職人はいるそうだけど、違うよね。きっと。
う、うーん。となると、だいたい予想はつくが、敢えて触れる話でもない。逆に何も知らないといった風を通した方がよさそうだ。
「何にしようかな」
キッチンに戻った俺はせっかく廃村にまで来てくれたので、ここでしか食べられないものをと考えた。
なので、ご飯を炊いているわけだけど、焼きおにぎりじゃ芸がない。
お。そうだ。手が汚れてしまうかもしれないけど、食器を使わずに食べられるものがあったじゃないか。
イノシシ肉にショウガに似た香草と縦に長く切ったタマネギを加え、炒める。みそだれを絡めてっと。
お次は炊きあがった米を平たくして焼く。うん。いい感じだ。
そして、レタスで先ほど作ったイノシシ肉炒めを包んで、平たくして焼いた米を上下に重ねる。
簡単だけど、完成!
「おいしそうです!」
味噌と肉の匂いに尻尾を上下に揺らしたマリーが満面の笑みを浮かべた。
「俺たちやライザたちの分も作っちゃおう」
「楽しみです!」
本当にいい笑顔をするよな。マリーは。
こっちまでつられて笑顔になれちゃう魅力が彼女にはある。
看板娘に相応しい資質を彼女は備えているのだ。
「マリー。出来上がったものをそこの葉っぱで包んでもらえるかな」
「はい! さすがエリックさんです。これならお皿無しで食べることが出来ますし、外で食べる時に手間なく食べることができますね!」
「ちょうど材料があったから、これでいこうと思ったんだ」
「お料理の名前はなんて言うんですか?」
「ライスバーガー、にしようか。冒険者なら、お弁当として売り出してもいいかも。それなら量を増やさなきゃ、かな」
「冷めてもおいしそうです」
完成し、マリーと手分けしてアブラーンの元へライスバーガーを葉で包んだ一品を運ぶ。
手が汚れるなど何のその、みんな貪りつくように無言でライスバーガーを完食してくれた。
初めて食べるだろう米の味に不安であったが、彼らの反応を見るに好評なようで何よりである。
「パンとはまた違ったおいしさですね! こんな食べ物があったなんて驚きました!」
アブラーンの言葉に周囲にいた大工たちも「美味しかった」「うまかった」など言ってくれてじいんと来た。
これぞ料理人冥利に尽きるってやつさ。いや、俺、料理人じゃなくて民宿の店主なんだけどね。
回復術師になったのだって、こうして笑顔を見たいなって思ったことも理由の一つだ。
俺は人が喜んでくれる姿を見るのが好きらしい。
と今更ながら思うのであった。
さあて。戻ってライスバーガーをマリーと食べるとするか。
あ。迷子の錬金術師だが、俺たちがライスバーガーを届けた時には発見されていて馬車の中で何やらブツブツ呟いているとアブラーンから聞いた。
怖いってば……。
「一体何をしているんですか?」と彼に聞く勇気のある者はこの場にいなかった。もちろん、俺もね。
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