第78話 おっさんたち、はしゃぐ

 あー、食った食った。さあて、腹も膨れたところでいよいよ北の湖に挑むとしようか!

 北の湖は広い。湖面にはさざなみが立ち、岸辺には波が押し寄せる。この湖には大きな特徴があるんだ。それは水が汽水であるということ。汽水なら川と違った魚や貝などがいるだろ。

 どんな海産物が眠っているのか楽しみで仕方ない。

 前回はアコヤガイに狙いを定めてやって来たのだけど、今回は違う。できれば色んな種類の海産物を集めたいところ。

 といってもアコヤガイの貝柱はなかなかに美味で、貝殻からは海苔も取れることもあり、欲しい食材であることは確かなのだけどね。

 

「んで、どうすんだ? 網を投げてみるか?」

「うーん、前回はこの辺りで網を投げたんだよね。別の場所にしようかな」


 ゴンザの問いかけに悩む俺。

 対する彼は顎髭に手を当てなるほどと返す。


「採ったばかりならその方がいいかもな!貝ってあんま動かねえんだろ」

「貝の種類による……と思う。地曳き網にするかは少し待って」

 

 釣りじゃ日が暮れるまでやっても余り量は取れないだろうから、網が主力になることは確か。

 だけど、どんな形で網を利用するのかは試してみなきゃ何とも言えないよな。

 「徒歩で」と思ったがせっかくカブトムシがいるので、乗ること五分。

 切り立った地形が無く、周囲に大きな木もない砂浜を発見した。よし、ここでいいか。

 ゴンザが砂浜から見える湖面に対し目を細め腰に手を当てる。もう一方のザルマンはカブトムシコンテナをゴソゴソしてもらっていた。


「網を一回投げてみるか」

「釣りならあっちの磯かなあ」

「釣るより仕掛けを作って網の中に入るのを狙うってのはどうだ」

「そんなんで魚が獲れるのかよ。いや、やってみないと分からないか」


 素人がやんやと考えを巡らせても良いのか悪いのか分からない。

 話すより行動だ。魚が目的だけど、せっかくの砂浜である。砂浜なら地曳き網が良いだろう。

 何しろ、投げて引っ張るだけと簡単だ。地面が砂だったら岩より引っ張りやすいはずだからね。

 岩場だったら底まで網を入れずに引き上げる……とかになるのかなあ。

 そこでふといいアイデアが浮かぶ。

 ポンと手をうちついつい大きな声を出してしまった。


「あ、そうだ!」

「ん、どうした?」

「おおーい。こいつでいいのか?」


 少し離れたところで網を広げるザルマンにゴンザと俺が揃って親指を立てる。

 三人で協力しできる限り遠くに網を投げ込……全然遠くに飛ばないじゃないか!

 仕方ないので服を脱ぎ湖の中へ網を持って入る。

 冷たいが耐えられないほどじゃないな。

 湖で男三人裸である。

 酷い、酷すぎる絵面だ。マリーとテレーズとライザに差し替えを希望する。

 ……それはそれで想像したら覗きをしているようで嫌だな。

 つまらないことを考えている間に網の設置が終わる。全裸の俺はぶらんぶらんさせながら、浜辺をぺたぺた歩き、カブトムシを手招きした。

 首を上げカサカサと俺の元にやってくるカブトムシの角を撫でる。


「よおし。ゴンザ、ザルマン。カブトムシの持ち手になる角に網を括り付けよう。カブトムシなら俺たち三人で引くよりパワーがある」

「確かに!良いアイデアじゃねえか!」


 手を叩いて喜ぶゴンザももちろん全裸であった。もう服を着ても良いんじゃないかな。

 ほら、ザルマンは着替えを終えそうじゃないか。


「くしゅん!」

「先に服を着るか」


 俺のくしゃみにゴンザが肩をすくめ首を振った。髭から水が飛び、犬かよと感想を抱いたのは俺だけの秘密である。

 彼もまた俺と同じようにブルリと体を震わし盛大なくしゃみをした。

 はやる心を抑えつつ、急ぎ着替えを済ませてカブトムシの背中を手のひらでペタペタとする。

 頼んだぞ。カブトムシ!


「いけー」


 カサカサ、カサカサ。

 淀みなく網を引っ張る頼もしいカブトムシ。

 もっとはやく網を引っ張り上げることもできそうだけどここは慎重に。


「お、おおお」

「すげえな。さすがの馬力だぜ」

「これは楽でいい」


 感嘆の声をあげる俺にゴンザとザルマンも続く。

 あっという間に湖から網が出て来て、浜辺を網がズルズルと進む。

 頃合いをみてカブトムシの動きを止める。

 うはあ。かなり泥を引きずってきたんだな。これは俺たち三人でも厳しかった。

 ゴンザとザルマンが俺と同じくらいの筋力ならば、と条件がつくけどね。

 二人が俺の倍ほどのパワーがあれば、引っ張ることもできたと思う。

 カブトムシはまだまだ余裕ぽい感じだったから、もう一回網を引いてもらっても問題なさそうだな。


「ありがとうな」


 カブトムシの収納スペースからビワとリンゴを取り出して彼の口の前に置く。

 さっそくう彼はシャリシャリと食べ始めた。


「フルーツ食なのか?」

「うん。フルーツだけでこの馬力。凄いだろ」

「たんまりと肉を喰うかと思ったが、そういや馬も草だけだったよな」

「そういやそうだな。肉を食べなくてもこれだけのスタミナとパワーを出せるってことか」

「俺には無理だぞ。肉と酒がないとな!」

「俺も俺も!」


 酒という単語に即乗っかってくるザルマンである。

 やれやれだぜ。

 さてさて、お楽しみの網の中はどうなっているかな。


「魚も結構引っかかっているな」

「貝やらカニぽいものとかまあまあじゃねえか」


 魚は大きく分けて遊泳魚と底生魚という種類がいる。

 遊泳魚は水の中を泳いで生活している魚でマグロとか鮎とか、流線型の魚って感じのフォルムをしているものが多い。

 対して底生魚は海底や湖底で生活する魚で平べったいヒラメやカレイ、エイといった魚が代表的なものだ。

 砂地だったらこれらの魚が砂に擬態するなどして近くを通った魚をバクっとしたりする。

 ヒラメかカレイが一見すると砂地から突然出て来て魚を丸のみするシーンを覚えていてさ、それで砂地なら地曳き網でも魚が獲れるかなと思ったんだ。

 結果は上々である。

 平べったい魚とか砂の中で生活しているだろうムツゴロウぽい魚が網にかかっていた。

 湖底を歩いているだろうカニやヤドカリなんて生物もいたし、一回で十分な量を取ることが出来たぞ。

 ここから食べれそうなものを選別し、まだ持ち帰れそうなら二回目の地曳き網に取り掛かろう。

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