第79話 閑話.ライザとテレーズ
「エリックくんとマリーちゃんは今頃忙しい頃かなあ」
「さあな。口を動かさず手を動かして欲しい」
「いーだ。口だけじゃなくちゃんと動いてるもん。ほら、火をつけたよ」
「ほんと口が達者だな、テレーズは」
集めた小枝に種火となる藁を置き、慣れた仕草で火を付けたテレーズ。
彼女の言う通り、喋りながらでもちゃんと淀みなく動いている。
対するライザは彼女と会話することに集中していたためか、肉を切る手が止まっていた。
「そうかなあ。そんなことないよお。ライザは口か手しか動かせないんだね」
「すまない」
「急がなくたっていいんじゃないー。私とライザだけなんだし」
「用があれば先に終わらせたい方なんだ。気にならないか?」
「んー。別にーかなー。残ってたら残ってたでいいんじゃないって感じ」
「適度に息抜きして、ということだな」
「あははー。でも私みたいなのが二人だと冒険にならないよ。ライザがいてくれなきゃ」
「私もだ」
お互いの信頼関係を確かめ合う。
街で仕事をする者たちにとっては気恥ずかしい行為であるが、彼女ら冒険者にとっては異なる。
時に命を預けることもある冒険者にとって信頼関係というものは必須の項目だ。
冒険者以外の者は「大袈裟だと」言うが、夜営する時のことを想像してみて欲しい。
いつモンスターが襲撃してくるか分からぬ状況であれば、全員が一斉に就寝することはできない。
交代で見張りを立て夜間の安全を確保するわけだが、警戒に当たった者が勝手にいなくなってしまったらどうだ?
ただ逃走するだけならまだマシで、寝ている間に金品を奪い追えぬように足を刺したとしたら?
日常的に起こる夜営だけでもこうなのである。
困難な敵に命がけで挑む時になれば、夜営などの比ではないほどお互いの信頼関係が大事になってくるのだ。
故に大人数のパーティというのは難しい。
二人のように大きな依頼をこなせずとも気楽に行きたいと願う者は二人か三人でパーティを組む。
二人だと夜間も大変であるが、人間関係に悩まされずに済む方が良いと彼女らは判断した。
彼女らもたまに他の二人組と組むこともある。
だが、女性であることが災いしたことも一度や二度ではない。エリックと彼女らが初めて会った時の彼女らの警戒ぶりがその証左である。
もっとも、彼にはまるで彼女らを害そうという気はなく、すぐに打ち解けはしたが……。
「ねね。ライザー。依頼が終わったからあ。いいでしょー」
「そうだな。私もそのつもりだった」
テレーズが包みを開くと中にはぼんやりと蛍光緑の光を放つ小さな果実のようなものが入っていた。
彼女らは冒険者ギルドの依頼で「光る芋」を採取すべく街を挟んでエリックの住む廃村と逆方向まで来ていたのである。
最近廃村のある方向の依頼を意図的に受けていたのだが、報酬の関係から今回は別のものにした。
彼女らが夜営する巨木の下から丸一日歩けば小さな村がある。そこにはエリックの経営するような宿は一件もない。
そもそも、村人もいない廃村で宿を経営するなど前代未聞の出来事なのだ。
更に彼の宿は他にはないおいしい料理と岩風呂を楽しむことができる。それなのに、街の宿とそれほど値段に違いが無いと言う破格のものであった。
旅の途中でモンスターを気にせず休むことができるだけでも有難いことなのだが、街の宿以上に質が良いと来れば飛びつかないわけがない。
「その芋でも、エリックのところに持って行けばおいしくなるのだろうか?」
「えー。これがあ? うーん、でもエリックくんなら案外。だって、ねえ」
「テレーズ、何だそれは?」
「おやつだよお。日持ちするものって頼んだらエリックくんが作ってくれたんだー」
カラカラと笑い指先でつまんだ平べったい丸い焼き菓子をフリフリするテレーズ。
対するライザは火にかけようとした鍋を地面に置き、ワナワナと肩を震わせている。
「その形は見たことがある。せんべいの一種だろう」
「あたりー、そうだよー」
「私に内緒で今まで隠し持っていたとは。ひょっとしてこれまでも食べていたのか?」
「ううんー。全部で四枚しかないんだ。ほら、二枚はライザのだよ」
「それならそうと、突然食べ始めなくてもいいだろうに」
「あははー。ビックリさせようと思って。依頼完了記念に食べようかなーっとね。ライザも食べるよね?」
「もちろんだ」
「でもまだお預けだよお」
と言いつつテレーズが焼き菓子ことせんべいを半分ほど口に含む。
ギリリと歯を鳴らすライザの剣幕に彼女はどこ吹く風といった様子でまるで動じていない。
「ほらほらあ。鍋を火にかけないと。エリックくんから買った味噌を使うんでしょー」
「そうだ、先に火にかけたほうが良いな」
納得したのかライザは鍋を掴み焚火に寄せる。
彼女の動作が終わると同時に「はい」とテレーズがせんべいを彼女に渡した。
「ほう。これはまた変わっているが美味しいな」
「うんうんー。片側がしょっぱくてもう一方が甘いの。どっちの面を舌に乗せるか悩むよねー」
二人は片側が塩味、もう一方がパリパリする水あめを塗ったせんべいを楽しむ。
その後はお待ちかねの味噌で味をつけた鍋だ。
得物は森で狩った鹿と山菜である。臭みが強い肉でも味噌とこれもまたエリックから買ったショウガを入れると美味しく食べることができた。
「そういやエリックは元冒険者だったんだよな」
「と言ってたねえ。一緒に湖にも行った時にも思ったけど、エリックくんなら普通に冒険者でもやって行けると思うよ」
「本人は回復能力が、とか言っていたな」
「それ以外のところでも活躍できると思うよー。ちゃんとモンスターを警戒していたし、罠を張るのも上手な気がするー」
鍋を食べると自然と美味しく食べることのできる調味料を提供してくれた人の話題になる。
「全部食べちゃったし、次は廃村近くの依頼を受けようよー。何なら、休暇でもいいよー」
「そうだな。街に戻って依頼を見てから考えるとしようか」
喋りながらも二人の食べる手は止まらない。
すぐに鍋が空になり、「ふう」と同時に満腹の息を吐く二人なのであった。
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