第80話 バナナ

「ぐしゅん」

「まだ冷えてるんじゃねえのか?」

「いや、服を着たし体を動かしているからなあ」

「モテてんじゃねえか。羨ましいこって」

「どこからそう繋がるんだよ!」


 ゴンザが汚らしく笑う。何で突然モテるとか出て来るんだ?

 あ、そういうことか。ようやく理解したぞ。

 人に噂されるとくしゃみが出るとかいうあれだな。日本だけの習慣かと思いきやまさかの別世界でも同じような表現があるとは驚きだよ。

 誰かが俺を噂していたのかなあ。マリーが遠出した俺を心配してくれていたり?

 んー、狩や採集はいつものことだからなあ。心配して噂をするなんてことは無いと思う。

 あるとすれば、ジョエルとマリーかメイドのメリダが喋っていて俺の話題になったとか?

 激しくゴンザに突っ込みを入れて、それにゴンザが応じようとした時、待ったがかかった。


「ゴンザ、エリック!」

「すまんすまん」

「ごめんごめん」


 お喋りして手を止めていた俺とゴンザに対し真面目に黙々と網を漁っていたザルマンからお叱りを受ける。

 手伝ってもらっている方がサボるのは良くないよな。うん。彼を見習って一心不乱に作業をしよう。

 しかし、またしてもゴンザが邪魔をしてくる。ザルマンの言葉などどこ吹く風な彼であった。


「おい、見ろよ。この変な魚」


 全くこの髭、仕事をする気があるのか。

 いや、彼らにとっては休日にアウトドアを楽しんでいるようなもの。普段の仕事もアウトドアなだけで、一応オフはオフ……のはず。

 お手伝いの手間賃は渡すけど、冒険者として依頼書にサインしたわけじゃないものな。なので休日と言っても支障はない。

 ならば、彼にお願いしたホストとして休日の髭をもてなさねばならねば。

 仕方あるまい、不本意であるが髭に付き合ってやることにしようではないか。


「随分大きいがそいつはメゴチ……ぽいな。湖底に棲む魚ってさ、ヒレが地面に着けるようになってるものが多くて。ほら、こうペタンと」

「なるほどなあ。こんな変な形の魚でも喰えるのか?」

「味見してからじゃないと確実とは言えないな……だけど、多分旨いと思う。こっちの似たようなのはトゲに触らない方がいい」

「革手袋をつけたままだし平気だろ」

「自分の冒険用のものをそのままか。洗うのが大変だぞ……」

「泥だらけなんてしょっちゅうだ。なあ、ザルマ……すまん」


 再びザルマンにお叱りを受ける俺とゴンザであった。

 いやあ、ホストとしてもてなそうとしてだな……は、はあい、手を動かしますとも。

 それにしても、湖底の砂地から獲れた生き物たちは俺の想像と異なっていた。

 繰り返しになるが北の湖は汽水だ。

 汽水は海水とも淡水とも異なる独自の生態系を築いている。汽水はそれほど珍しい場所というわけではない。海と川が混じるところは汽水になってるのだからね。

 あくまでも地球の生物と比べてにはなるが、網に入っていた生物には海にしかいない魚や貝、カニなどが含まれていた。

 それだけじゃなく、淡水にしかいないであろう巻貝も入っていた。

 でもまあ今更か。川でワカメが取れたりする世界なのだから。

 キノコがコーヒーだったりするし、カブトムシに騎乗できるし、地球と比べるのも変な話だ。

 この世界はこの世界。地球は地球なのだから。頭では分かっていてもどうしても地球の生物と比べてしまうんだよな。

 これまでの料理だって日本食を再現しようと苦心してきた。多くの食べ物は地球と同じものなんだよね。

 小麦、大麦、大豆といった植物から牛や羊といった動物まで。食べ方だってパスタもあるし、パンもある。

 意識せず生活していたら、食生活については地球との違いを感じ取れないだろうほどに。

 だけど、細かいところを見ると違うんだ。

 身近なところだと鶏はおらず、似た種類のボーボー鳥という鳥を家畜にしている。

 味は鶏そっくりなのだけどさ。

 俺としては素材が異なるにしろ、味の再現ができればいいと思っている。

 注意することは地球では毒の無い生物だったものが、こっちでは劇物かもしれないということ。

 多少の毒であればお得意のヒールを付与した衣類と湯治でなんとかなる。なので、食べたことのない生物でも挑戦してみようとする原動力となっているのだ。

 今のところ毒物に当たったことはないのだけど、今後も大丈夫とは限らない。

 初めて食べる時は注意しなきゃだよ。俺のいないところで勝手に食べないようにしておかなきゃな。

 もっとも、マリーはもちろんのこと。ゴンザらも不用意に何でも口にすることはない。

 俺もそうだったが冒険者たちは毒への警戒心が強い。腹を下す程度だったとしても戦闘に支障が出るし注意力も散漫になる。

 これが致命的な怪我に結びつかないとは言えないだろ?

 

「よおし、こんなもんかな」

「もう一回やるか?」

「うーん。もうジャイアントビートルのコンテナは7割くらい埋まってるんだよな。帰りに果物やらを採集したいからこれで終わりにしようか」

「おう。思ったより早く終わっちまったな」

「報酬を少なくしたりすることはないから安心してくれ。もちろん、清酒もある」

「楽しみだ」

「だな。楽しみだ」


 今度は注意するわけでなく乗っかって来るザルマン。

 酒だけじゃなく、今夜は新鮮な魚や貝にカニまであるぞ。

 試食して問題ないか確かめてからになるけど、知っているものも獲れているからそっちはすぐに提供できる。

 

「予定よりかなり早いし、ジャイアントビートルで湖の周囲を見て回ってから帰る、でもいいかな?」

「おう」

「全然問題ない。むしろ助かるぜ。次に北の湖の依頼を受けた時のためにもなる」


 二人の了解を取ってから広大な湖の岸をぐるりと回ることにしたんだ。

 すると、廃村から見て一番遠い場所にあたるところに特徴的な木が群生していた。

 大きな葉っぱに沢山の房がついていて、南国って感じの木。

 カブトムシを止めて、黄緑色の房に触れてみる。

 歪曲した房を繋げたら円になりそうな既視感がある房……いや果物はバナナで間違いない!

 

「こんなところにバナナが。冬になれば雪が降りそうなところなんだけどな」

「それ食べ物なのか?」

「恐らく。食べてみなきゃだけど、コンテナに入るだけ入れて持って帰ろう」

「おう。手伝うぜ」


 意外なところで思っても見なかった果物を手に入れてホクホクの俺であった。

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