第77話 お待ちかねの大人の休日
「また新しい家が建っているじゃねえか!」
「昨日泊った時にはなかったぞ。一体どうなってんだ、この廃村」
髭もじゃとスキンヘッドが揃って驚きの声をあげる。
髭もじゃは冒険者時代からの仲で現在も現役冒険者のゴンザ。もう一人も同じく冒険者で現在の彼の相棒であるザルマンだった。
他の冒険者とパーティを組んでいることがあるものの、ほぼ二人での宿泊だったと思う。
最近は休暇を兼ねてのことも多々あるんだって。そんな時は気ごころ知れた二人で酒を飲みにやって来るといったところか。
いや、彼らはそもそも二人組なのかも。冒険者として二人組はそれほど珍しくはない。ライザとテレーズもそうなのだけど、二人組はモンスター討伐ではなく採集をメインにしている。
モンスター討伐依頼を受ける時には他の二人組と組んだり、三人パーティに加わったりして依頼をこなす。
彼らの見た目的に超好戦的だと思ってたんだけど、そうでもないのか。ゴツイ武器を携えているしさ。
冒険者時代の俺はソロだったんで、二人組にも三人組にもそれ以上のパーティにも参加したことがある。ほぼ一回きりでお役御免されてしまったけどね。
遠い目をしていると、ばあんとゴンザに背中を叩かれ我に返る。
仕方ないじゃないか。冒険者時代の灰色の記憶が蘇ってきたんだから。
「魚を獲りに行くのに俺たち二人も要るか?」
「釣りだろ。男三人でのんびり釣りも悪くない」
俺の返事を待たずに二人で何か納得し合っている。
そんな二人に向け倉庫から取り出したるは「網」であった。
ずずいと網を更に前に出すと困惑した様子で顔を見合わせる二人。俺の本気ぶりが伝わっただろうか。
「網で一気に行くのか? 廃坑近くの川だろ? もう少し下流まで行かなきゃ網は辛えぞ」
「近く川には行かない。北の湖って知ってるか?」
「知ってるぜ。いつも真珠の採取依頼が出てる。一回やってみたが、真珠なんぞ早々とれるもんじゃねえな」
「そこでこの網だ」
「北の湖で俺も網を引っ張ったぜ。重いのなんのって。男四人でようやくだったぜ。しかし、何で突然北の湖なんだ?」
「そりゃこれから向かうからだよ」
「へ……?」
ゴンザとザルマンの声が重なる。仲がいいな二人とも。
網はもしかしたらと思って持って行くだけで、メインどころではない。
しかし、新情報だ。網を一人で引っ張り上げることは近接戦闘をする冒険者でも不可能である。
おっさん四人集まれば可能か。
あのゴリラは一人で軽々と引っ張るどころか、網が宙を舞う勢いだったぞ。
次に会った時には問い詰めてみよう。
「しっかし見事な家だなあ。俺もこんな家に住んでみたいぜ」
名残惜しいらしく、ザルマンが首を伸ばしログハウス調の新築を見ていた。
見る分にはいくら見てもらっても構わないが、ここでふと疑問を抱く。
「一人でこんな大きな家に住んでも掃除が大変なだけじゃないか?」
「いやこいつさ、嫁さんと子供がいるんだよ」
「え、えええええええ!」
ビーバーが家を一晩で作った時と同じくらい驚いた!
どこからどう見ても鄙びた独り身の中年おっさんであるザルマンが、ザルマンが、所帯持ちだって?
いやいやいやいや、大きく首を振りしゃがみ込む。
そんな、そんなはずは。
「おいおい。この歳になれば嫁のいる奴の方が多いぜ」
「ゴンザもまさか」
「いや、俺は独り身だぜ。何かと身軽な方がやりやすいだろ。冒険者って奴はよ」
「もてないだけだろ。この髭」
ザルマンの鋭い突っ込みに何か喋ろうとしたゴンザの動きが止まる。
「ま、まあ。行こうぜ。実は良い騎乗生物を譲ってもらってな。そいつで北の湖まで行くつもりだ」
「馬でも結構な時間がかかるぜ。それに俺たち大の大人が三人もいけるのか?」
「問題ない。三人なら試したことがあるからな」
「お、おうよ」
ライザとテレーズの二人よりゴンザとザルマンの方が重たい。
しかしだ。ゴンザとザルマンは軽装で、ライザのような分厚い鎧を身に着けているわけではないので、差し引きするとそんな変わらないんじゃないかな。
半信半疑の二人を連れてカブトムシが鎮座する厩舎へ入る。
二人は少年のように目を輝かせて「こんな奴がいたのか!」とはしゃいでいた。おっさんがはしゃいでいる姿を見ても、げんなりするだけで何もときめかないな。
俺も人前では抑えるようにした方がいいかもしれない。
◇◇◇
そんなわけでやって参りました北の湖へ。
カブトムシの速さとアクロバティックな動きに二人は興奮しきりだった。
「すげえな。まだ太陽が真上まで上がってねえぞ」
「そらそうだ。少し遅めの朝食にしよう。腹が減ってはだからさ」
空を見上げるゴンザの肩をポンと叩く。
初めてのことなので、どれだけ漁ができるか分からないけど楽しむことが一番のつもりでやってみよう。
マリーが持たせてくれた布を地面にふわりと敷いて、布が飛ばないようにザルマンを重石にする。
空いたゴンザは俺の手伝いをしてもらって、食事の準備に取り掛かる。
といっても、飲み物と包んだおにぎりだけなんだけどね。
本当は手をかけてくれたマリーと一緒に食べたかったのだけど、「せっかくなので」と彼女が言ってくれてこうして用意して持ってきたというわけなのだ。
「なんか黒いな。食べられるのかそれ?」
「エリックが食べられないものを出すわけねえだろ。おにぎりって奴だろ。以前食べたじゃないか」
「お。あれはすぐに食べることが出来て、腹にも溜まる。それにうまい」
「新作を食べられるなんて、エリックの手伝いをするのも悪くねえな」
なんか好き放題言ってくれるおっさんども。
彼らの言う通り、包みから出てきたのは真っ黒のおにぎりだった。
そう、この黒色の薄い膜のようなものはマリーが伸ばして乾かしてくれたものだ。
アコヤガイの殻に引っ付いていた苔のようなものから出来ている。
「海苔という食べ物だよ。味見してきたけど、バッチリいける」
「へえ。お前さんの頭の中は一体どうなってんだ。次から次へと見たことのないものを。んぐんぐ」
「うまいな。塩味がきいて。中に入っているのは塩を利かした魚か。これまたおにぎりに合う」
説明している最中だってのに、言ったはなから食べ始める二人であった。
お口にあったようで良かったよ。
じゃあ、俺も食べようかな。
「いただきます」
手を合わせて水を一口飲んでから、おにぎりに手を伸ばす。
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