第185話 ビワがまだでえす

「よおっし、帰ろう」

「まだでえす。ビワがまだでえす」

「ビワか……もうコンテナが」

「なんとかなりまあす」

「いや、無理だってえええ」


 カブトムシが加速し俺の声が伸びる。

 カブトムシは俺の指示を聞いてくれるけど、すみよんの言う事も聞く。

 カブトムシをテイムして連れてきたのはすみよんだし、俺より彼の方がカブトムシの扱いが上手い。

 俺が扱う時よりスピードも出るし……いやいや、違うだろこれ。落ちる、落ちる。速すぎるってば!

 カブトムシは車と違って障害物があっても自動で避けてくれるし、穴に落ちそうなら回り込んでくれたりする。

 車と違って生き物なのだから当たり前と言えば当たり前なのだけど、ある種の安全装置がついているのは助かるんだよな。

 スピードも然り、速すぎると乗っている俺に影響が出てしまう。すみよんは平気なんだけどね。

 

 あっという間にビワの木の元まで到着した。

 するすると木に登りビワをぽいぽい投げてくる。籠を出して受け止め、地面にビワを転がししているとあっという間に積み上がって来た。

 

「すみよん、ストップ、ストップ。甘いでえすにしよう」

「そうですかあ」

「お、おう。ほら、俺も食べる。甘い甘い」

「甘いでえす」


 ふう、ビワを食べ始めたことでようやくビワが落ちてこなくなったぜ。

 ビワはそのまま食べるよりゼリーと一緒に食べるとか加工した方がおいしい気がする。

 そのままだとそんなに甘くないしねえ。

 そのまま食べるならリンゴやブドウの方が好みかな。

 

 このビワどうしようか。

 コンテナをちょいと開けると、中身が落ちてきそうになったのですぐにコンテナを閉じる。


「うーん、この籠に入るだけなら……」

「服の中に入りませんかー」

「籠と服を使えば、何とかなるか。全部は無理じゃないか」

「そうですかー? 手伝いまあす」


 地面に積んであるビワを見やり、「ダメだろ」って顔をするがすみよんには通用しない。


「ちょ、ま、待って」

「まだいけまあす。すみよんも尻尾で持ちますよー」


 こ、これ、動いたら落ちるだろ。なんかもう、ダメ、あ、落ちた。

 落ちたら落ちたですみよんが拾って、首元からビワを服の中に突っ込んでくる。

 

「よ、よし」


 慎重にカブトムシにまたがり角を掴んだら、袖からビワが落ちた。

 しかしすみよんが巧みに尻尾で掴んだビワで落ちて来たビワを弾き、俺の首元にビワが入る。


「行きますよおお」

「お、おう……」


 何だかどっと疲れた……。

 

 ◇◇◇

 

『本日は串カツパーティのため、一律料金になります。飲み物は別料金なのでご注意』

 

 ふむ。こんなものか。入口に張り紙をして悦に浸る。

 串カツパーティは一度やってみたくて、特に山菜系の素材を採集しにいきたかったんだ。

 山菜は鮮度を維持するのが難しいからね。

 串カツパーティをやろうと仕込みを始めたところ、ふと気が付く。

 お知らせの一つくらい出しておいた方がいいんじゃないかって。

 そこで急遽、紙を引っ張り出し筆を走らせた。

 書く内容を決めてから書けばいいと気が付いたのは後の祭りで、五回も書き直してしまったぞ。

 一部×マークで誤魔化しているが、もうこれ以上リテイクするつもりはない。


「エリックさーん、こんな感じですか?」

「ありがとう。ガンガン串にさしていって欲しい」


 素材を切って、マリーに手伝ってもらい作業を進めていく。


「フルーツは大皿に盛ってもらえるかな?」

「はい! 只今!」


 準備が大変だけど、自由に摘まんで食べてもらうビュッフェ形式にしよううと思っててさ。

 ビュッフェ形式はこちらの世界でも一般的だけど、パーティ専門で不特定多数のお客さんに提供するスタイルを見たことがない。

 みんなビュッフェ形式は知ってるはず。なので敢えて張り紙にもパーティって言葉を入れたんだ。

 誰のためのパーティだよ、と突っ込まれたら……特に何もないのであるが。

 そ、そうか。

 パーティ形式の提供とかそんな言葉を使えばよかったのか。

 もはや後の祭りである。俺はもう張り紙に手を加えることはしない。次回への反省点として心の中にメモしておくことにする。


「お、何だ? パーティって?」

「ゴンザの誕生日だったとしても祝いたくねえな」

「俺も嫌だわ、そんなの」

「ガハハハハ」


 この声、ゴンザとザルマンだな。

 まだ準備中だと分かってて入ってきているけど、別に構わない。

 キッチンからチラ見すると、我が物顔で着席していた。

 彼らは開店するまでずっと喋って待っててくれるからね。

 

「おう、エリック。水をもらってもいいか?」

「適当に持ってってくれ」

「パーティなのに誰でも参加していいのか?」

「座席に限りはあるが、誰でも歓迎だ」

「誰のパーティだ? まさか、俺をさしおいてお前さんとマリーちゃんの」

「違うわ!」


 俺はともかくマリーに失礼だろうが。

 無礼な髭をしっしとやって作業を続ける。

 

「たのもー」

「邪魔するぞ」

「計ったようにやって来たな」


 お次に現れたのはテレーズとライザだった。

 「やあやあ」と手を振り、当たり前のように席に座る二人である。


「ねね、エリックくん。パーティって誰の?」

「いや、誰のってわけでもなくてだな」

「そうだったのー? てっきりエリックくんとマリーさんが、きゃ」

「違うわ!」

「だったら、もしかして、私?」

「違うわあ!」


 はあはあ……こっちは準備で忙しいってのに、ゴンザと同じようなことを言いおってからに。

 ライザにテレーズを制裁してもらいつつ、再び作業に戻る。

 

「店主。久しぶりだな。時間前だが待っててもいいか?」

「適当に座ってて」


 今日は常連が多い。お次は犬頭の御一行だった。

 なんだか身内のパーティみたくなってきたな。これはこれで良し。

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