第184話 給金
キュウイの件からゾレンまで結構な時間を費やしていた。
宿の食材在庫はまだまだあるので、急ぎ狩に行く必要はない。しかしながら、ずっと狩にいかないってわけにはいかないのだ。
更にマリーの仕事も増えた。彼女にはゾレンの畑を見守ってもらうことをお願いしたので、今でも忙しいのでそのうち手が回らなくなる可能性がある。
事情を分かっていながら頼むな、って話だが、ゾレンをそのまま放置するわけにもいかないだろ。
洞窟の中じゃなく地上で生活するように提案したのは俺だし、彼らは彼らで平和的に農業で食材を確保したいと言っているんだ。
手助けしないわけにはいかない。
ゾレンの受け入れに関しては俺の考えが足らなかった。反省すべき点ばかりでマリーにも頼ってしまったのだよな。
一方で宿の経営は順調そのものだ。
宿泊客は途絶えず、レストランは連日大忙し。メニューも充実してきた。
酒や食材の供給ルートもある。
つまり、金銭収入も確保できてきているというわけだ。
そんなことを考えながら眠気眼をこすり、階下に降りる。
「おはようございます!」
「おはよう」
いつもながらの元気一杯の笑顔を浮かべたマリーがパタパタと俺の元までやってきた。
尻尾をふってご機嫌な様子。
猫が尻尾を振っている時ってご機嫌な感情表現じゃなかった気がするのだけど、彼女は猫じゃなく猫族の獣人なので表現が異なるのだろう。
といっても犬のように切れそうなくらいブンブンと尻尾を振るってことはない。
「そうだ、マリー」
「ゾレンさんたちのことでしょうか? 今日、様子を見に行くつもりです」
「ありがとう。ゾレンのことじゃなくて、遅くなったのだけどマリーにやっと給金を渡せそうになったから」
「とっても美味しいお食事、気持ちがよくさっぱりするお風呂、素敵なお部屋、わたしにとっては余りある報酬です」
背伸びしたマリーの顔がずずいと迫り、あまりの勢いにこちらが困惑してしまう。
「お、おう……」
ち、近い。彼女が俺に気を遣ってくれているのは分かったが、この勢いにたじたじだよ。
「それだけじゃないです!」
「う、うん」
「エリックさんがいらっしゃるだけで、わたしはもう……ひゃ、へ、変な意味じゃないですよ」
顔を真っ赤にしてぶしゅううとなった彼女はここでようやくハッとして俺から距離を取る。
突如気まずくなってしまった空気に間を置かず言葉を挟む。
「俺もマリーがいてくれて助かっているよ。全くお金を持っていないというのも困ると思ってさ」
「ここではお金を使うこともありませんし」
「グラシアーノも定期的に行商に来てくれるのもあるし、たまにだけど街にも行くだろ」
「わたしがこれまで買ったものは食べ物と生活必需品だけですし、それならここに全て揃ってます」
彼女がお金を求めていないことも、宿での仕事と暮らしに満足していることは分かった。
しかしだ。俺の我がままであり押し付けであることが分かっていても、多少の金銭は受け取って欲しいんだよな。
衣食住を提供していても、自分の自由になるお金を持っていて欲しい。
お金を渡したからといって、彼女の欲しい物や必要な物があれば宿の儲けから出すことは厭わないがね。
怪我や毒に関しては俺のヒールで賄えるからお金はかからないけど、何かあった時には躊躇なく全財産でも出す。
彼女と俺は一蓮托生、どちらが欠けてもダメなのだ。
「そうだ。マリーは海を見たことがないって言ってたよな」
「わたしはキルハイムと廃村以外に行ったことがありません」
「北の湖よりもっともっと大きいんだ。海は」
「北の湖よりもっとしょっぱいのですよね」
「そそ。海水だ。宿を二日くらい閉めて遠出したいなと思っててさ」
「海はキルハイムより更に遠いのですよね。二日で……あ」
「そそ。ジャイアントビートルがいればそんなに時間がかからずいけるはず」
「……しっかりしがみついておきます」
「アルヘンチーナという港街を目指そうと思って。海沿いにある街なんだよ。そこで水着も買うことができるし、食材や調味料もあれば仕入れたい」
「楽しみです!」
前々から海へ行こうと計画していた。口に出して言うことで現実味を帯びてきた気がする。
よし、行こう。港街アルヘンチーナへ。
カブトムシを飛ばせば半日もかからないはず。
「5日後くらいだったらまだ予約も入ってないよね」
「はい。ジョエルさんたちはどうしましょうか」
「あ、そうだった。事前にジョエルたちに伝えとかなきゃね」
「わたしからもお話しておきますね」
日本の宿と異なり、先の先まで予約が入ることはまずない。
電話もメールも無い世の中だからさ。あるとすれば冒険者が探検に出て戻りに泊りに来るとかそんな時である。
あとはそうだな、言伝を頼まれて予約することもあったか。
キルハイムの街の冒険者ギルドで言伝を頼まれた冒険者が他の冒険者の予約をする。
ゴンザらが来て、ライザらが二日後に来るから予約しておいて、て感じだ。
「よっし、俺はこれからすみよんと一緒に狩と採集に出かけてくるよ。どちらかと言うと採集メインかな」
「はい! わたしはゾレンさんたちを見てから家畜の世話をしてきますね」
「今日のレストラン営業はいつもと違う感じにしてみようと思ってさ」
「早めに仕込みに入りますか?」
「そうだな、早めに戻るよ。マリーはいつも通りでいいからね」
「分かりました! 楽しみです」
海へ行くことを決めたついでに、こちらも兼ねてから考えていたことを実行に移そうではないか。
下準備が少し面倒ではあるが、調理器具は揃えてあるし、念のため食材も足しておきたいからね。
「すみよーん」
「何ですかー」
「採集に行こうと思ってるんだけど、ついてきてくれる?」
「もちろんでえす」
どこで呼びかけても大概姿を現すすみよんに最初は驚いていたが、今ではどこでも呼ぶことができて便利だと思うようになった。
カブトムシに乗って、いざ採集に繰り出そう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます