第183話 お気に召したらしい
「きー、きー」
「理想的だ。特に路が素晴らしい」
連れてきたゾレンらは全部で五体。もっといたのたが、廃村に来ることを決めたのが五体だった。
残りのゾレンたちは新天地を求めて旅立ったとのこと。
旅だった彼らには良い土地を見つけてくれよと祈るばかりだ。
俺が廃村で住むことを提案してから彼らの中で議論が進み、黒のゾレンの巣へ玉砕案を唱える者はいなくなった。
目の前に廃村で住むという生存する道が示されたことで、生きることに彼らの気持ちが傾いた結果だったのだって。
それでも、俺たちの近くで暮らすことに抵抗があるゾレンもいたので、旅立つことを選んだ者たちもいたというわけだ。
ゾレンらは俺が不便だと思った天井が低く狭い廊下を気に入ったらしく、何度も何度も行き来していた。
利便性を考えると無駄な廊下であるが、彼らにとって快適なのであればそれが正なのである。
半信半疑だったけど、すみよんの言葉を信じて良かったよ。
「エリックさーん、まだ何か言いたいみたいですよお」
俺の肩に乗っかっているすみよんがゾレンを尻尾で指し示す。
ふむふむ。困ったことがあったのかな?
「きー、きー」
「このような明るいところでクモは何を育てているのだ?」
「畑……ってことかな」
黒のゾレンたちも洞窟の中で何か栽培していたよな。
ゾレンたちは農耕をする文化があるってことか。
確かに洞窟の中で育つような作物はここじゃ難しい。
畑に詳しいわけじゃないからなあ。
◇◇◇
「雑草を抜いて、大きな石を取り除きながら土を掘り返して柔らかくするんです」
廃村にある畑は俺とマリーが細々とやっている畑とポラリスのところにある畑しかない。
ポラリスの方は俺たちの畑より更に狭く、鉢植えに毛が生えた程度のものだった。
適切な畑がなかったが、畝のある畑は俺たちのところにしかなかったので、ゾレンたちに見せることにしたのだ。
そこで活躍してくれたのがマリーである。
最初こそゾレンたちの姿にギョッとして顔は笑顔で尻尾の毛が逆立っていた彼女であったが、カブトムシと異なりゾレンには慣れてくれたみたいで普通に彼らへ畑を紹介していた。
彼女とゾレンの会話をスムーズにするため、すみよんは俺の肩からマリーの足もとに移動している。
「きー、きー」
「土に苗を埋めるのか?」
「苗でも大丈夫ですが、種からでも育ちますよ」
「きー、きー」
「種とは何だ?」
「待っててくださいね!」
パタパタと農具入れ横の倉庫まで入り、中に入るマリー。
彼女の動きに合わせてゾレンたちも後を追う。
彼女が小袋を手に持ち出てきたところでゾレンとぶつかりそうになってきゃっと悲鳴をあげる。
後ろから彼らがついてきていることに気が付いていなかったみたいだった。
普段の彼女なら気が付くのだけど、一つのことに夢中になっていたら他のことに気が回らなくなる。
俺もそうだから良く分かるよ。
冒険中はそういうわけにはいかないのだけどさ。何かに集中したとしても常に周囲の気配に気を配らなきゃならない。
集中していてモンスターに気が付かず、後ろから刺されてあの世行き、となったら目も当てられないものね。
小袋を開けたマリーは、ゾレンにそれを手渡す。
「袋の中に入っているのが種です」
「きー、きー」
「これが育つのか」
「はい、お水と太陽の光、そして土の栄養で大きく育ちます」
「きー、きー」
「面白い。光で育つのだな」
「たっぷりの光がある方が元気に育ちますよ!」
触覚動かし何やらコンタクトを取りあうゾレンたち。
彼らなりの光速コミュニケーション手段なのかもしれない。
人間には言葉以外に細かいことを伝える手段がないから羨ましいぜ。
魔法だと脳内会話ができるようになるとか言うのでまた話が違ってきそうだよな。
残念ながら俺が使うことのできる魔法はヒールのみだから脳内会話については夢のまた夢である。
ヒールを使うことができるのなら他の魔法も使うことができるんじゃないのか、って問われると一応可能なのだけど、魔法には属性ってものがあるんだ。
ただ、
といっても聖属性はヒールの亜種みたいな魔法が殆どである。ヒールは傷の治療に重きを置くが解毒もできるし呪い的なやつにも効果があるだろ。
聖属性にはリムーブカースとかキュアって魔法があるのだけど、リムーブカースは呪いに、キュアは解毒に重きを置いた魔法になる。
わざわざ苦労して覚えることもない魔法かなってのが聖属性の他の魔法だと思う。
俺は聖属性の魔法以外に適正がないので、キュアは習得できても脳内会話をする魔法は習得できない。
「エリックさーん!」
「ん?」
魔法のことを考えていたので、マリーの呼びかけに対する反応が一歩遅れてしまった。
「ゾレンさんたちに種をお渡ししてもいいでしょうか?」
「種はいっぱいあるし、グラシアーノから仕入れもできるからどんどん持って行ってもらって構わないよ」
「ありがとうございます!」
どうやらゾレンたちは畑を作り、作物を育てることに挑戦してみるようだな。
「マリー、お願いがあって」
「わたしからもエリックさんにお願いが」
「先にどうぞ」
「いえいえ、エリックさんから」
「ええと、たまにゾレンたちの畑を見てやってくれないかな」
「もちろんです! わたしのお願いと同じでした」
あははと笑い合う。
考えていることが同じだったか。ゾレンは畑素人の俺より経験がない。
地下で何らかの栽培をやっていただろうけど、地上での農業は初めてだからさ。
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