第182話 おうち

 受け入れ準備は完了。根回しも問題なし。

 ゾレンたちのためにビーバーたちが作ってくれた小屋は変わった形をしている。

 なんかこう、子供の遊戯施設みたいと言えばいいのか。

 細長く天井も高くない通路が前後左右にあり、真ん中がドーム状になった広い空間になっている。

 通路は俺でも入るにはかがまなきゃいけないほどで、前から人が来たら交差することもできない。不便な事この上ないが、ゾレンたちの意見を聞いた結果こうなったのである。

 いつの間に聞いたんだって? それはだな、すみよんがいつの間にかゾレンに聞いていてくれていたんだよね。

 廃村に来ないかと誘った時にヒアリングしていたんだってさ。

 普段先回りして聞いてくれるなんってことがないので、ひっくり返りそうになった。


「エリックさーん、早く進んでくださあい」

「微妙な高さで進み辛いんだよ」

「すみよんは平気でえす」

「そらまあ、すみよんならそのまま進むことができるからな」


 様子見に出来上がったばかりのゾレンの家を一通り周っていたら、すみよんが後ろからついて来ていてさっきからお尻を突っつかれまくっている。

 彼なら背伸びしても天井に頭が届かないから、進むに何ら障害がない。


「エリックさーん、知ってました?」

「な、何をだろう」


 やっとこさ外に出てきたところで唐突にすみよんがよくわからないことをのたまった。

 知ってるかと言われても困る。「何を」がまるで想像できん。

 そんな俺をよそに彼はスルスルと壁を登っていく。

 そしてドームに差し掛かったところで首だけこちらを向け、つぶらな瞳でじーっと俺を見つめて来る。


「エリックさーん」

「一体何が何やら」

「来てくださーい」

「わ、分かった……」


 気乗りしないが、楽によじ登れそうなので少しだけ彼のお遊びに付き合うことにするか。

 いざ登り始めると案外楽しい。ジャングルジムに登っているような気持ちだ。

 何とかは高いところが好きと言うし。ん? 誉め言葉じゃないよな。

 ま、まあいい。

 俺が近くまで来るとすみよんがドームの頂点を目指して進んで行く。後を追う俺。


「ドームの上が気持ちいいって言いたかったのか?」

「違いまあす。そこ、開きまーす」

「え、え。待って」

「パカッと開きまあす」


 ふむふむ。お、よく見ると取っ手がある。

 取っ手を上にあげ押し上げるようにすると、パカッと蓋が空くように開いた。

 中を通るよりここから入った方が早いな。

 まさかこんなギミックが仕込まれているとは、恐るべしビーバー建築。


「ここから入るなら通路は何のために……」

「ここは緊急脱出用でえす」

「な、なるほど……」


 そのうち通路の方を使わなくなるんじゃないのかな、などと思いつつゾレンのお宅見学はお開きとなった。

 ……と思ったのだが、まだもう少しだけ続くんだ。

 

「おもしろいですね!」

「にゃーん」


 天井の低い通路のある家は猫たちに大人気だった。

 猫にとっては探検し甲斐のある遊び場なんだろう。狭いところ大好きだし、我が家の猫たちは。

 マリーはといえばドームの一番高いところで腰を降ろし景色を眺めていた。

 中の探検が終わった猫たちも壁を伝い、彼女の傍で寝そべる。さすが猫、あのような場所で寝そべるとは。

 マリーは機敏な動きができるうタイプのようには見えなかったけど、そこは猫の獣人である。

 俺でも軽々と登ることができるような壁ならするすると登れる様子だ。


「欲しいですかー?」


 気持ちよさそうだな、と思って俺もドームに登ったらすみよんまでついて来ていた。

 その発言、危険な香りしかしない。

 

「え、このお家をですか?」

「そうでえす」


 無邪気にマリーが答えてしまった。ここで「はい」と言ったらなんか良くないことが起こりそうな気がする。


「わたしにはエリックさんの宿がありますので必要ないです」

「そうですかあ。分かりましたー」


 いいぞ、マリー。ちゃんと断ってくれた。

 よしよし、と頷いていたらすみよんのターゲットが俺に変わる。

 

「ジャイアントビートルはこういった巣が好きですよお」

「ジャイアントビートルはスフィアの厩舎に鎮座しているから」

「そうでしたあ。欲しくなったらリンゴくださあい」

「ビワでもいい?」

「甘いでえす」


 どうやら良いらしい。

 ジャイアントビートルとは短くない付き合いだけど、彼の生態は正直よく分かっていない。

 好む食べ物はフルーツで、大きさの割に食事量が少なく馬より力があって悪路に強いという夢のような生物だ。

 とんでもないスピードで走ることができるのだけど、厩舎にいる時は殆ど動かない。

 馬や犬と異なり嘶いたり、吠えたりすることもなく俺がこれまで接してきた動物たちとは根本からして違う。

 遠い記憶で朧気だが前世の子供時代にカブトムシを飼ったような気がする。

 虫かごに土を入れて、木の枝を置く。枝にカブトムシ用のゼリーをはめ込んで……だったっけ。

 カブトムシにとっては枝に張り付いているのが落ち着くんだろうな。常に枝に張り付いていた……多分。

 犬猫と違ってカブトムシは飛ぶので虫かごの蓋を開けっ放しにすると、飛んで逃げてしまう。

 なので、馬や牛とは生態がまるで違うカブトムシに厩舎が快適なのかどうかと問われると疑問符が浮かぶ。

 カブトムシが快適になるのなら、彼の住処を作るのもあり……いやいや、待て待て。

 こんな大きな建物を作ると邪魔ってもんじゃねえぞ。


「どうしたんですかー?」

「いや、何も……ちょっとばかし小さいサイズのものでも快適に思ってもらえるのかな?」

「誰にですか?」

「ジャイアントビートルに」

「できますよお」

「そ、そうか。考えておくよ」


 カブトムシのサイズに合わせた犬小屋みたいな感じなら、アリだな。

 ドームがカブトムシより一回り大きいくらいのサイズだとしても通路を四方向に伸ばして、になればそれなりに大きくなる。

 通路の長さも手を伸ばせば外ってわけにはいかないだろうしさ。

 

「エリックさん、わたし、そろそろ戻りますね!」

「うん、俺も動くよ」


 ゾレンの家の見学に時間をかけすぎた。そろそろゾレンたちに会いに行かなきゃ。

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