第33話 豆腐誕生秘話というほどでもない

「今回の仕入れ分だ」

「ありがとう。グラシアーノさん」


 新製品の開発はグラシアーノからの入荷がないと始まらない。

 仕入れた品物を台車に乗せ民宿に運び込む。

 この樽……クソ重いな。

 

「よっこらせっと!」


 何とか一人で樽をキッチン裏に降ろす。


「エリックさん。一人で大丈夫だったんですか!」

「何とか」


 マリーはマリーで台車から積荷を降ろし整理してくれていた。

 入荷の日は遅いと昼まで整理整頓にかかってしまう。

 この樽の中身はきっとアレだ。本当に入荷してくれるとは驚いている。

 このサイズの樽だと中身は40リットルほどか。全て液体だから、そら重いよな。

 開けてみると中身は透明な液体で指でそれを舐める。

 

「うん。予想通りだ」

「それはお水ですか?」

「舐めてみたら分かるよ」

「では。失礼して。きゃ。しょっぱいです」

「そそ。しょっぱいんだ」

「飲み物……ではないですよね」

「海水だよ。グラシアーノさんに頼んでみたら仕入れて来てくれてさ」

「海水……? 海の水ですか! 私。海を見たことが無いんです」

「そうだったのか。マリーはキルハイムから出たことがなかったんだっけ」

「はい! これが海の水なんですね。わああ」


 俺とマリーが住んでいた街であるキルハイムには海が無い。

 海岸沿いの街だったら、一度戻って海岸を散策していたと思う。

 日本は海に囲まれた国なので、海由来のものって沢山あるんだよね。

 ワカメはこの世界だと何故か川で手に入ったが、川魚と海の魚だと全然味わいが違うし他にも海産物が色々……妄想が止まらなくなるほどたんまりある。

 食べ物だけじゃなく、海が近くにあれば手に入るものって数えきれないほどあるんだ。

 それで今回仕入れたのは海水。

 といっても……実は海水を使って作ろうと思っていた食品は既に完成している。

 いやあ。岩塩を水で溶かして煮詰めたらできてしまったんだもの。

 海水に感動していた様子のマリーが唇に指先を当て、猫耳をピコピコさせる。

 

「海水は何に使うんですか?」

「あー。実はさ。豆腐を作るためにと思って頼んでいたんだけど」

「豆腐? 白くて柔らかいあの豆腐ですか? エリックさんがお味噌汁に入れていましたよね」

「うん。そうなんだ。豆腐を作るには豆乳を固めるためににがりが必要なんだけど……にがりが作れちゃったから」


 試行錯誤の結果、岩塩を水で溶かし煮詰めて「にがり」になったんだよね。

 にがりではないかもしれないけど、豆腐になればそれでいい。味わいもほぼ豆腐だし。


「そうだったんですか! 凄いです!」

「い、いや。豆腐ができたけど、ちゃんとした豆腐じゃない気もしていてさ。二、三日経過したら豆腐が溶けてしまうんじゃないかとか」

「そうなんですか!」

「いや、分からないけど。いずれにしろ、長期保存するつもりもないから、まあいいかなって」

「お客様が沢山いらっしゃってくださいますし。いつも材料はすぐに無くなっちゃいますものね!」

「そそ。米も何か長期保存する手順があった気がしていて。だけどまあ。数ヶ月も置いておけないだろうし」


 現状、俺とマリーだけなので作ることができる量に限界がある。

 幸い、民宿「月見草」は好評で連日大賑わいだ。満室になってお断りする日も出てくるほど。

 客室はあと一部屋なら解放可能だけど、更に客室を増やすとなると増築が必要になってくる。

 それだけじゃなく、人手も足りない。二人だと今の客室数でいっぱいいっぱいかな。

 すみよんに頼んでビーバーに頑張ってもらえれば、お隣さんのような丸太ハウスを作ることはできる。

 いつになることやら、だけど。

 せっかくなら和風の建物にしたいけど、知識もないし難しいな。せめて客室だけは全て和風に改装しよう。

 そうそう。今二部屋目を和風に改装しようと頑張っている。なので、一部屋は改装中で利用不可になっているんだよ。


「海水は使わないんですか?」

「いや。せっかくだから、海水を使って『にがり』と塩をつくろうか」


 といっても、海水を煮込むだけなんだけどね。

 この量だとキッチンでやるより、外で薪をくべてある程度煮詰めてからキッチンへ移動した方が早そうだ。

 よっし。セットだけして、後はマリーにちょこちょこ様子を見てもらうことにしようか。

 

 ◇◇◇

 

「こっちでえす」

「すみよんはこの辺りに詳しいの?」

「初めてでーす」

「えええ。俺より断然詳しいじゃないか。もうこんなに採集が進んでいる」

「魔法ですよ。エリックさーん。あっちです。はやく進んでくださーい。お腹がすきましたー」

「ってことはフルーツか野菜か」


 マリーに荷物整理の残りと畑の手入れ、家畜の餌やりを任せてすみよんと共に探索に出かけた。

 イノシシが来ることを予見したことから、彼に感知を頼めば捗ると確信していたんだ。

 以前彼と採集に出かけた時はイノシシの件以外、俺が探索して採集したからね。

 暇そうにしていたから誘ってみると「仕方ないですねー」などと言いつつも尻尾を首に巻きつけて背負子に乗っかって来た。

 

「お。桃の木か」

「一つくださーい」

「待ってろ。ほれ」

「桃でえす。甘いでーす」

「俺も食べよ」

「ビーバーたちにもあげてくださいねー」

「もちろんさ。桃の木とかも家の近くに移植できればいんだけどなあ」

「それなら、あれ、持って行きますか?」

「苗木かー。そうだな。これくらいの大きさなら持って帰れそうだ」


 すみよんが指し示した木はまだ高さが1メートルに満たない木だった。

 幹の太さも親指より少し太いくらい。芽が出て一年かそこらかな?

 これが実をつけるまでにはかなりの時間がかかりそうだけど、その分育て甲斐はありそうだ。

 

「今度はビワか」

「甘いでーす」

「ブドウもありそう?」

「あっちでーす」


 すげえ。すげえぞ。すみよん。

 キノコや山菜は外れも多かった。しかし、ことすみよんが食べることのできるフルーツだと的中率が100パーセントだ。

 キノコはすみよんが食べない食材だから、俺が伝えたままの形をしたものを探してくれてたんだろうな。

 すみよんが食べない食材であっても、肉なら確実に発見できる。

 分かりやすいからな。だけど、中には毒蛇とかも指定してくるから侮れない。肉でもおいしく頂ける肉と、そうでない肉、更には食べることのできない肉もあるのだから。

 こうして、僅か半日でいつもの三日分くらいの食材を集めて宿に戻ることができた。

 いや、正確には二回戻って背負子を空にしているので、戻るのは三度目かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る