第34話 ぱりぱり

「清酒を瓶ごとくれ」

「あいよ」

「こっちは升でにごり酒を」

「はあい。ただいまー!」


 すみよんと二度目の採集に行ってから三日が過ぎた。

 スフィアの活躍により日本酒と追加で彼女に作ってもらった「にごり酒」に在庫はまだまだある。

 米は……あと30キロくらいで無くなってしまう。これでも一度補充しに亀たちのところへ行ったんだけどなあ。

 俺とスフィアだけだと一度に運ぶことのできる量に限界がある。

 今度ゴンザたちが来たら亀のところへ付き合ってもらいたいところだ。

 ん? ゴンザたちと共に亀の稲刈りをした時に根こそぎ稲刈りを済ませたんじゃなのかって?

 そうだったんだけど、あの場にいた亀は全部じゃなかったんだよね。

 スフィアと例の泉へ行ったらさ、びっしりと稲を付けた亀たちが水に浮かんでいた。泉は水中でどこか別の場所に繋がっているのだと思う。

 ダンジョンを進めば亀たちの行き先が分かるかもな。今のところ、ダンジョンの探索予定はない。

 モンスターが出るって言うし。今のところ、サソリのようなモンスターに遭遇したくらいかな。スフィアが退治してくれて事なきを得た。

 さすが元冒険者。その時はマリーを連れてこなくて良かったと心底思った。

 ゴンザたちと行った時にモンスターにエンカウントしなかったから、大丈夫かもって気持ちが頭にあったんだ。でも、万が一と思って彼女を連れて行かなかった。

 結果的に大正解だったってわけだね。うん。

 

「かー。この清酒ってやつはたまらんな。喉が洗われるぜ」

「キュウリと味噌に合う。こういうシンプルなアテは良い物だ」


 おっさんみたいなことを言っている清酒を瓶ごと頼んだ冒険者の二人。

 見た所まだ30歳に届くか届かないかって言ったところなのに。今から将来の姿が想像できるとは恐るべし。

 

「焼き魚を追加で頼むよ」

「はあい。ただいまー!」


 ちょうど魚が焼けたところだ。塩をパラリとして、味噌だまりをひとかけしマリーに持って行ってもらう。

 あの客は冒険者ではなく、例のお貴族様の話を聞いてやって来た口だ。

 栗蒸しまんじゅうを求めてきたはずが、すっかりにごり酒にハマってしまった様子。

 そうそう。日本酒の名称は「清酒」にした。日本酒ってのも日本じゃないし、他にも大吟醸とか色々考えたのだけど清酒が一番しっくりきたので、清酒に決めたのだ。

 ん?

 にごり酒なんていつの間に作ったんだって?

 それは、スフィアに頼んだからだよ。清酒とにごり酒はどちらも米があれば作ることができる。

 どうやって作ったんだというと、スフィアの魔法を調整したらすぐだった。概要を伝えるだけで、彼女が一発で作ってくれたのだ。

 アルコールが入らなければ本当に優秀なんだよね。彼女。

 赤の魔導士の名は伊達じゃない。酒特化だけど……。いや、一応、モンスターと戦うことだってお手の物なんだぞ。

 俺が対峙するようなランクの低いモンスターなら瞬殺。

 以前、民宿に担ぎ込まれてきた毒に侵された冒険者のことを覚えているだろうか? あの時彼らはパイロヒドラにやられたと言っていた。

 彼女にパイロヒドラならどう? と聞いてみたところ。ソロで一撃だとさ。

 でも彼女はモンスターと戦う魔法は酒に比べれば微々たる研究しかしていないと言う。個人でもSSクラスってとんでもない、と実感した。

 パイロヒドラは中級冒険者が6人かかりで苦戦するクラスなんだぞ。パーティランクでも上から二つ目のゴールドクラスなら対応可能となっている。

 とにかくアルコールが入らなければ……本当に残念な人だよ、全く。

 

「ふう……ようやく料理の注文が止まったか」

「はい! 大盛況でしたね」


 一息つき、水を一気飲みしたところで新たなお客さんが来店する。


「うわあ……」

「変わった方ですね。あ。ご案内しなきゃです」


 パタパタとマリーが来店したお客さんの元へ向かい元気よく「いらっしゃいませー」と彼を迎え入れた。

 そのお客さんは異様な姿をしている。白衣に身を包み、白髪がコントで爆発した後みたいに逆立っていた。

 これだけなじゃい。金縁のゴーグルにオレンジのスカーフ。更に白衣の下が素肌と来たものだ。

 これが彼のいつもの格好なのだろうか。俺たちを驚かせるためにワザと変な格好をしてきた……んじゃないよな?

 年の頃は60歳を過ぎたくらい、だと思う。

 

 変なお客さんは座るなり、キンキン耳にくる声でこう言った。

 

「チミがエリックくんかね!」

「え。わ、私はマリアンヌです。エリックさんならあちらに」

「ほ。ほほほ。エリックくんはあっちかね」

「は、はい……」


 何であの人、俺の名前を知ってんだ?

 困るマリーと入れ替わるようにして、彼に声をかける。

 

「俺がエリックです。何かご用でしょうか」

「お。おうおう。チミがエリックくんか! 私はグレゴール。錬金術師をやっている。ただの錬金術師ではないぞ。天才錬金術師である。ほ。ほほほ」

「あ。あの。何か用が……?」

「食べに来たんだよ。食べにね。ほら。水あめを使った料理を出してくれたまえ。あとは水を頼む。部屋があいていたら部屋も頼む」

「マリー。部屋はまだ空いていたっけ」

「満室です……」


 うん。記憶通り満室だった。念のためにマリーに聞いたけど間違いはなかったようだ。

 とりあえず、グレゴールとかいう変な人には大学いもとリンゴ飴でも食べてもらって帰って頂くとしようか。

 さすがにこれだけでは腹が膨れないか。ボーボー鳥のモモ肉を出すか。照りを出すために水あめを使ってみよう。

 

「お待たせしました」

「お。おうおう。これかこれか。ほ。ほほほほ。グラシアーノくんが言っていた通りだ。変わったものを出す。未知への探求。これは心踊るというものだよ。そう思わんかね?」

「は、はあ……」

「ともあれ、食してみようじゃないか!」


 まず手に付けたのはモモ肉ではなく、リンゴ飴だった。

 一緒に出した俺も悪いが、先にデザートから行くとは予想外だ。


「ぱりぱりしている。ぱりぱりしているじゃないか! ほ。ほほほ。やはり私は天才だ。天才錬金術師とは私のためにある言葉だと思わんかね?」

「は、はあ……」

「いいかね。水あめはこのようにぱりぱりにならないのだよ」

「そ、そうなんですか!」


 驚きの事実。水あめはパリパリにならない。

 じゃあ。パリパリになるのは何でなんだ?

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