第188話 樽の方で何かが

「ん、んん」


 しまった! 飲んでそのまま寝てしまったぞ。

 ハッとなり慌てて起き上がる。

 俺の起きた場所は自室のベッドだった。誰かが俺をここまで運んで寝かせてくれたらしい。

 誰が運んでくれたのか分からないけど、そっと心の中でお礼を述べすぐさま立ち上がる。


「あのままほったらかしだよな。急いで片付けないと」


 一階に降りるとレストランだけじゃなくキッチンまでピカピカになっていた。

 食器ももちろん片付けられており、元より綺麗に整理整頓されている。

 ゴソ。

 ん。樽の方で何かが動いた気が。


「何このデジャヴ」


 樽に背を預け寝息を立てている赤毛の狸耳の姿が目に留まる。

 昨日は串カツパーティにしたわけだが、お客さんの中に彼女が含まれていたとしても不思議ではない。

 最初に乾杯をした時にはいなかったはずだけど、途中参加もできる形式だったのでお金を払ってくれれば途中参加も問題ないのだ。

 色んな人と喋っていたから俺が気が付かなくてもおかしくはない。ないのだが……。


「樽の酒を全部飲んでるよな……」


 今回は飲む前に理性が残っていた時に用意したのか、樽の上にお金が置かれていた。

 他にも彼女のように寝ている人はいないのか探してみるか。

 布団もかぶらずに寝て風邪を引いてしまうような冒険者はまずいないので、寝ているならこのまま寝ていても心配することはないのだが、一応ね。

 ざっと見て回ったが、彼女以外に一階で寝ている人はいなかった。

 

「さてと、スヤスヤ寝ている赤の魔導士は放置でいいかな」

「う、うーん」


 立ち去ろうとした時に赤毛の狸耳スフィアの目がパチリと開く。


「よくお休みでしたね」

「エリックさん、私は一体何を」

「背もたれにしている樽の中身を空にしたんじゃないの? お代もちゃんと樽の上に置いてるじゃないか」

「少しだけ待って……」


 眉間に皺を寄せ額に指先をあてるスフィア。

 目を瞑り、しばし何かを考えているようだったが、ダラダラと冷や汗が流れ落ちている。

 彼女は酔っ払っている時のことも集中すれば思い出すことができるのだっけ?

 あ、そうだ。今のうちに立ち去ってしまってもいいんじゃないか。

 さすが俺。素晴らしい発想に自画自賛である。このままここで彼女が酔っ払っていた時のことを思い出したとして碌な内容じゃないことは確かだ。

 彼女とて話したくもない内容だろうし。

 そっといなくなるのが紳士ってものさ。

 

「エリックさん!」

「お、思ったより復帰が早い……」

「あ、宿の業務だったかしら」

「いや、まだダイジョブダヨオ」

「そ、そう?」

「そ、そうだよお。どうしたんだい。言ってごらん」

「エリックさんの猫なで声なんて聞きたくなかったわ」

「我ながら気持ち悪かったな。すまん」


 気を取り直して、ワザとらしい咳払いを一つ。

 やっと気持ちが落ち着いてきたってのに、スフィアがおもむろに胸元へ手を突っ込んだ。

 な、何しとんじゃ。まだ酔っ払ってるのか?

 

「これ」

「瓶だな」


 彼女が胸元をゴソゴソすると、500ミリリットルほどが入りそうな小瓶が出てきた。

 瓶は空で何も入っていない。

 

「こ、これ……どうぞ」

「空瓶をもらっても、どうすりゃいいんだこれ」

「元々は入ってたの。ほら、エリックさんが持ってきてくれた珍しい果物があったでしょ」

「あ、ああ。発酵させて持ってきてくれたんだな。しかし、樽の酒を飲んだ勢いで瓶のものも飲んでしまった。合ってる?」

「え、ええ……」

「よし、じゃあ、新しいキュウイを渡そう。酒にして持ってきてもらえるか?」

「わ、わかったわ……」


 竜族のイッカハとオブシディアンのモウグ・ガーと出会った場所でキュウイを沢山とってきたのだけど、その後スフィアにもキュウイをおすそ分けしていたんだ。

 甘味のあるものならアルコールにできると知っている彼女は、さっそくキュウイを使って果実酒を作ったのだろう。

 自分で飲んでから俺の元に持ってきてくれたのか、自分で試す前に持ってきてくれたのか分からないけど、現在全ては彼女の胃の中である。

 キュウイのお酒って飲んだことないけど、甘酸っぱくってさっぱりとした味わいなのかな?

 キルハイムの街ではブドウを原料としたワイン、リンゴを原料としたシードルなどは一般的だ。

 宿にはどちらも置いてないんだよな。

 俺がワインやシードルを飲まないので、仕入れてなかった。

 しかしだ。甘いお酒を好む冒険者はいそうなので酒のバリエーションを増やすことは歓迎である。

 キュウイの果実酒とか他にはない酒だから、飲める味であれば置きたいな。

 

 ストッカーを開けてキュウイを袋に詰め、スフィアに手渡す。


「瓶一本分とか少量でも作れたりする?」

「うん、少しだけでいいの?」

「おいしいかどうかわからないからさ。作ってくれたものを捨てたくはないし」

「確かにそうね。せっかくの恵みを捨てちゃうなんて勿体ないわ」

「そうだ。発酵をすればいい状態にしてしまおう」


 スフィアに手渡した袋からキュウイを出して、皮を剥いて果実を粗目に潰した。

 それを瓶に入れてっと。


「これをこのまま発酵させてもらえるかな?」

「弱めに発酵させればいいのね」

「そそ。さすが酒に関しては察しが早い」

「お、お酒だけじゃないもん」

「そうだった」

「その目……信じてないでしょ」

「信じているって。北の湖でザザを発見してくれたりしたじゃないか」


 酔っ払っていない時のスフィアは聡明で、規格外の実力を持つ魔法使いなのである。

 惜しむらくは酔っ払った姿が強烈過ぎて普段の優秀な彼女の姿が想像できないことだな。

 さあさあ、と彼女の背を押し「頼んだよ」とお帰りいただいた。

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