第189話 エピローグ 廃村の宿経営はとてもたのしい!

「じゃあ、頼んだ」

「わたしも飲んでもいいのよね?」

「飲んでいいけど、飲む前に持ってきてもらっていいかな? じゃないと、また空瓶になる」

「そ、そんなことは……う、うう。分かったわよ。そんな目で見ないで欲しいな」


 粘るスフィアを再度押しやったところで、支度を終えた冒険者たちが降りてくる。

 冒険者たちは犬頭のリーダーたちのパーティだった。


「店主、世話になった」

「おはよう。早いんだね」

「これから狩に出かけるつもりだ」

「もう少しだけ時間があるかな? おにぎりだけでも持って行って欲しい」

「ありがたい」

 

 炊き立てご飯ではないけど、焼きおにぎりにして四人分つつんでっと。

 それぞれ二個入りにしていて、表面に醤油を塗る以外にも工夫をこらしている。

 一つは味噌味の肉で、もう一つは具無しなのだけどゴマを振りかけ香ばしさを出してみた。


「いい匂い。この場ですぐに食べたくなっちゃう」

「……」


 すんすんと鼻をひくひくさせるアリサに対し、無言で頷くグレイ。


「エリックさん、おはようございます」

「おはよう」


 丁寧に挨拶しペコリとお辞儀をしてきたのは回復術師のレイシャである。

 こうして旅立つ冒険者たちを送り出すことも宿経営をやっていて楽しみな業務の一つだ。

 これまでは送り出される方であったが、また無事に帰ってきてくれよ、との願いを込めてお弁当を作る。


「マリーにも感謝を伝えておいて欲しい」

「もちろんだ。道中気を付けて」


 ガッチリとリーダーと握手を交わし、残りのメンバーとも順に握手を行った。

 マリーはたぶん牧場の様子を見に行っていると思う。

 彼女の朝のルーティンは畑の水やりか家畜に餌を与えることから始まる。

 掃除は小人族がやってくれているので、必要ない。もし掃除も追加になっていたら既に人手が足りてなかっただろうなあ。

 小人族には感謝してもしきれない。

 一通り終わると、今度は飼い猫たちに餌を与えに戻ってくるはず。

 お、噂をすれば戻って来た。いつもの笑顔のマリーである。肌艶も良く、疲れの色はみえない。

 

「あ、エリックさん!」

「朝からありがとう。昨日は後片付けまでありがとう」

「皆さん手伝ってくださったんです!」

「そうだったのか。リーダーたちにもお礼を言うんだった」

「またお会いできますよ」

「だな、その時に」

 

 二人顔を見合わせ笑い合う。

 パタパタとまた動き出すマリーに少し待ってもらって、キッチンへ。

 生肉を細かくして、冷やしていた魚も使おう。

 魚は加工せずそのままでいいかな。

 器に入れてマリーへ、と思ったら俺が食事の準備をしていることを察したのか猫たちが既に集まって来ていた。

 それでも、そのまま床には置かずマリーに器を渡す。


「今朝の猫たちの食事に使ってもらっていい?」

「もちろんです! ありがとうございます」


 猫たちがもしゃもしゃと食事する様子に癒されていたら、ドタドタと昨晩宿泊した冒険者たちが次々と降りてくる。

 先頭は髭もじゃだった。


「おー、エリック。一つ聞きたいのだが」

「おはよう。どうした?」

「朝から風呂を使うことってできるか?」

「そいつは……いいぜ」

「おお、ありがとな。朝から風呂に入る。これほどの贅沢はねえってな」

「分かる」


 日本にいた時、温泉宿に宿泊したら必ず朝風呂に入っていたくらい俺も朝風呂が好きだ。

 朝から風呂に向かってサウナで汗を流し、ゆっくりと温泉につかってから朝食を食べる。

 至福の時というのはまさにこの時のことだよな、と感動したものだ。


「え、朝からお風呂、ねね、入ってきてもいい?」

「ダメだ。既に遅いくらいだ」


 続いて降りてきたテレーズがライザから釘をさされ、ぷくーと頬を膨らませている。

 朝から賑やかなことで、と考えつつも手を動かす。

 ご不満だったテレーズは食事中の猫たちを見て、「かわいいー」とご機嫌になっていた。

 

「ほい、持って行って」

「焼きおにぎりか、ありがたく」


 テレーズだとその場で食べてしまいそうだから、ライザに二人分の焼きおにぎりを渡す。


「急いでいるみたいだから朝食はスキップでいいのかな?」

「えー、やだあ。ねえ、ライザあ」

「仕方ないな」

「やったあ」


 ライザの許可が出たので、彼女らの朝食を準備する。

 日本食推しな月見草であるが、パンももちろん出す。

 ご飯が炊けるまで時間がかる。彼女らは既に出発するのが遅くなっているらしいからね。

 籠にパンを入れ、マリーに飲み物を用意してもらっている間にフライパンでソーセージを焼き、お次は卵を割って落とし、水を入れ蓋をする。

 あとは生野菜にヨーグルト、ジャム、バターを付けるか。

 宿で出すには物足りないメニューだけど、さくっと食べてさくっと出発できる方が優先だ。

 客の状況に応じた料理を出すのも腕に見せどころなんだぜ。

 

「みなさん、旅立っていかれましたね」

「いなくなると急に寂しくなるよな」

「そうですね」

「といっても、準備も含めやることがたんまりあるから、すぐにレストランの開店時間になってしまうのだけど」

「確かに、あっという間です」


 またしてもマリーと笑い合う。

 朝の時間だけでもう何度笑っただろうか。

 冒険者時代はそれほど笑うことがなかった。笑顔を見せるのだって稀だったものなあ。

 笑顔の絶えない充実した暮らし。

 のんびり、悠々自適な生活というイメージは人それぞれだけど、俺にとって宿の経営がそれにあたる。

 のんびり、といったって一日中ぼーっと過ごすってことじゃないんだ。俺の場合はね。


「それじゃあま、余韻もここまでにして今日も一日頑張りますか」

「はい!」


 今日はすみよんと採集に出かけることにしよう。

 いや、先にカブトムシへ餌をあげてからだな。

 そんなこんなで今日もまたのんびりとながらも忙しい日々が始まったのだった。


※ここまでお読みいただきありがとうございました! 一旦幕引きとなります。突然再開するかもしれませんが、、。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

廃村ではじめるスローライフ ~前世知識と回復術を使ったらチートな宿屋ができちゃいました!~ うみ @Umi12345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ