第95話 「巣」の力(一話抜け94の差し替え)

「ごちそうさま」

「まだまだ材料はあるけど、お腹の具合はどう?」

「ワタシにとってはお茶と同じよ。味を楽しめればいいの」

「量は気にしないものなの?」

「そうね。巣から離れるともう少し食べなきゃいけないわね。でも、食べるといってもあなたが食べるような食事とは少し異なるわ」

「種族が違うものな。そこは仕方ない」

「うーん。あなたが想像する『食事』とちょっと違うわ」

「巣とか、食事とか、秘密のことじゃなかったら俺にも理解できるように説明してくれると嬉しい」

「特に秘め事ではないわよ。そうね、すみよんが戻って来るまで少しお話ししましょうか」


 そう言って席を立ったアリアドネはすぐにカップとコーヒーキノコを持って戻って来る。

 コーヒーキノコはインスタントコーヒーのように溶かして飲むこともできるのかな?

 どうやら淹れ方を見せてくれるらしいぞ。俺はフィルターで濾して飲んでいたので、どのような作り方をするのか興味深い。

 これが巣と食事に何か関係があるのかな? まるで想像できないが……。


「アナタがキノコを食べる時はさっきの納豆パスタのように口に入れて消化するわよね」

「うん。アリアドネも同じように食べていたよね」

「そうね。口から食べるのは味を楽しむため。だけど、効率が悪いの。ニンゲンはどうか分からないけど、ワタシの場合はキノコを口から食べて消化したらキノコのエネルギーを1割も吸収できないわ」

「人間も似たようなものだよ。だけど、消化してエネルギー……栄養にできる成分なんて微々たるものだろ」

「ワタシはそうしないわ。『食事』をするのなら、こうするの」


 すりつぶしていない収穫したままの姿のコーヒーキノコを一つ指で挟むアリアドネ。

 すると、コーヒーキノコが灰のようになり、パラパラと粉がテーブルに落ちる。


「粉に触っても大丈夫かな?」

「もちろんよ。だけど、その粉には何も残っていないわ」

「キノコのエネルギーそのものを指先から吸収した、って感じかな?」

「そんなところよ。ワタシは肉を食べないから、こうして食事をしなきゃ大量に食糧が必要になっちゃうでしょ」

「どれくらいエネルギーが必要なのか分からないけど、とんでもなく効率が良さそうだ。でも、味気なさ過ぎるよな……」

「分かってるじゃない。だから、口で味を楽しむのよ」


 喉の奥をギギギギと鳴らすアリアドネは、ピンと指先を弾く。

 今度は空のカップにコーヒーが並々とつがれた。湯気を立てるカップに目を丸くする。

 一体どこから湯が? それにさっきまであったコーヒーキノコが一つ無くなっている。

 想像するに、キノコをすりつぶし、お湯をどこからか持ってきてカップに注いだ。

 その間、1秒未満という早業で何が何やらである。

 

「これが『巣』の力よ」

「巣って縄張りとは異なるの?」

「うーん。あなたの言う『縄張り』がどのようなものか分からないから何とも言えないわ」

「えっと、渓谷全体が自分の家みたいなものって意味合いだけど」

「きっとワタシとあなたの家や巣、縄張りの意味合いが異なるわ。じゃあ、巣とは何か、を説明するわね」


 お、おおお!

 すみよんと違って察してくれて説明までやってくれるなんて、アリアドネに聞いてよかった。

 俺の知り合いの中だと、スフィアならこういったことも知ってそうだよな。

 聞いてみても良かった。これまで彼女と会った時は酒の話ばかりしていたから、たまには違う話をするのも知見を広げるのに良いかもしれない。

 もっとも、酔っ払っていなかったらの話であるが。

 そうそう、彼女には色んな酒のアイデアを伝えてあったりする。俺にとっても彼女にとっても興味があり、実益もある話だから酒の話ばかりになるのも致し方ないか。

 これからも酒の話ばかりになりそうな予感がする。


「頭の中で整理はできたかしら?」

「う、うん」


 アリアドネの指摘にドキリとした。まさか酔っ払いと酒のことを考えてたなんて言えやしない。

 頷く俺を見て、アリアドネが背中の蜘蛛の脚をカサリと動かし言葉を続ける。

 

「どのような生物でも自分の『生活範囲』というものを持っているわ。でも、生活範囲には他の生物もいることが普通よね」

「生活範囲ってのは、イノシシが餌を食べるために巡回する範囲みたいなもの?」

「そうね。イノシシは餌をとるために山を駆けまわるわ。そして、どこかなるべく安全なところで眠る」

「俺の認識だとその眠る場所が『巣』なんだ。人間だと家になるのかな」

「そういうことね。理解したわ」


 お、おお。どうやら彼女には通じた様子。

 俺の方はまるで理解が進んでいない。だけど、認識が合ったということは次の彼女の言葉を聞けば分かるはず。


「アリアドネの言う『巣』と人間の『家』とイノシシの『眠る場所』は異なるんだよな?」

「そうよ。ニンゲンはどうなのか分からないけど、ワタシの『巣』とは完全なる排他的な空間よ」

「また理解が……」

「あはは。順番に階段を登ればいいじゃない。登ったつもりになっているより全然マシよ。ニンゲンでたとえると分からなくなるのよ。イノシシの眠る場所で想像してみて」


 一旦、家のことは置いといてだな。

 間抜けな顔をしたイノシシが木の根元にある隙間に潜り、どてんと転がる。


「……よっし、想像した。イノシシがすやすやと眠っている」

「眠っている間にダークウルフに襲われるかもしれない。『なるべく』安全な場所とは外敵に襲撃される恐れがあるでしょ」

「確かに。だけど、どの場所だってそうなんじゃないかな」

「『巣』は違うわ」

「そこが理解できないんだよ。渓谷に城壁があるわけでもないからさ、鳥型モンスターでも獣型モンスターでも虫型でも何でも入ろうと思えば侵入することができるだろ」

「あ、ワタシもあなたが理解できない点が分かったわ」


 アリアドネがくるりと指をまわすと可愛らしい手の平サイズの木箱が突如出現した。

 またしても唐突に出てきた物質に固まる俺。

 対する彼女は「あはは」と笑い、ギギギギと歯を鳴らしている。


※またしても一話抜けしてしまいました、、。94を差し替えてます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る