第94話 キッチンテーブル(一話抜けのため修正)

 気になったことは聞けたし、改めてパスタ作りに取り掛かろうとアリアドネに尋ねる。


「煮炊きしてもいい場所はあるかな?」

「ここでどうかしら?」


 彼女が手を振ると暗褐色の岩の塊が出現する。続いてパチリと指を合わす動作と同時に背中の蜘蛛の脚が動く。

 すると、何と言うことでしょう。

 立派なキッチンテーブルとなったではないか。外で煮炊きする時に欠かせない台座もちゃんと二つついている。

 しかもこの台座、棒を置いた時にずれないよう窪みまであるじゃないか。一体どうやって……なんてことは考えない。

 世の中、俺の知らないことの方が遥かに多い。

 空間魔法で岩を出した? じゃあ加工はどうした? そもそも既にキッチンテーブルは存在して幻影魔法か何かで見えなくしたいた?

 そういや、一部高位の魔物の中には結界を構築し、その中では普段より数倍の力を発揮できたりするとかおとぎ話でよんだことがある。

 ここはアリアドネの巣であるからして、彼女の部屋に結界が張られていても不思議ではないよな。

 考えないでおこうとしても、どうしても何か浮かんで来る小市民な俺であった。しかも、まるでまとまらないのである。

 取り留めのない思考とはまさにこのこと。全く自慢にはならないけどね!

 「ははは」と心の中で苦笑しつつ、カブトムシコンテナを開ける。

 馬だと渓谷のキツイ傾斜を下ることは難しい。でも、カブトムシなら平気なのである。

 なので渓谷の中腹にある彼女の部屋にまで来ることも容易いことだ。ただし、俺が騎乗していると、カブトムシは平気でも俺が落ちそうになるから注意が必要である。

 降りて自分の足で崖を下った方が安全……と思う。が、ついスリルがあってカブトムシに騎乗したまま移動したくなるんだよね。

 ともあれ、必要な荷物を置いた位置は大体覚えているので手を伸ばし、掴……む?

 何だこの生暖かい感触。肉は入っていたかもしれないけど、ナマモノはさすがに。

 何だろうと覗き込むとまんまるの黒い瞳と目が合った。


「すみよんでーす」

「び、びっくりした。いつのまに乗り込んでたんだよ」

 

 掴んだのはどうやらワオキツネザルのお腹だった。お腹ならそら生暖かいわと納得する。

 尻尾じゃなく、むんずとお腹をダイレクトアタックするとは。

 カブトムシのコンテナは左右に一か所あって、獲物や採集物を収納する時は主に右側を使っている。

 左側は調理器具とか予備の武器なんかが収納してあって、出かける前にチェックをしないことも多い。

 もっとも、大量に採集が出来た時とか大物が狩れた時なんかは左側も使う。

 この前北の湖に行った時は両方のコンテナがパンパンになった。

 今回はもちろん調理器具を入れている右のコンテナをチェックしていない。

 ホメロンの手前、口が滑ってしまった結果ぶらりと出てきたわけだから仕方ないってものだ。

 チェックをしていなかったから、すみよんがコンテナに潜んでいても分からなかったというわけさ。

 ……元々コンテナの中にいたかどうかはすみよんのみぞ知る。彼は突然俺の頭の上に出現したことがあったので、今ここに現れた可能性もあるのだ。

 恐ろしいことに。

 頭の中がグルグルしている俺のことなど知りようもなく、すみよんは長い尻尾を俺の腕に絡ませ肩まで登って来た。


「アリアドネの巣は渓谷全体でえす」

「唐突に何だよ……」

「さっきからキョロキョロ落ち着かなそうだったのでえ。どこからどこまでとか気になっているのかと」

「ん。渓谷全体が彼女の縄張りってことは知っているぞ」

「縄張りではなく『巣』ですよー」

「よくわからん……」

「アリアドネが許可しているので、すみよんがいたんですよ」


 ますます分からなくなったぞ。

 すみよんはこっちの知識がある前提で喋ってくる上に単語の使い方が独特で一貫性がない。

 なので、何を言いたいのか推測ができないのだ。

 突っ込んで聞いてもいいのだけど、理解できたことは少ない。

 ので、アリアドネと同じくそういうものだと達観することにしている。

 

 そんな謎多きもう一方である巣の主が小首をかしげワオキツネザルに目を向けた。

 

「あら、すみよんも食べて行くの?」

「リンゴがいいでえす」

「あの赤い果実ね。勝手に持って行ってもらっていいわよ」

「持ってきますー。その間にエリックさーん」

「また突然だな、どうした?」

「そのくさーいの、ちゃんと食べ終えてください」


 くさーいのって、納豆のことか。

 藁に包んだ状態だったらそれほど匂わないのだけど、料理にしたら結構匂いがする。

 これから調理なのだけど、食べ終えててくれって中々な無茶ぶりだよな。

 そういや、そもそも渓谷に来たのってリンゴを取るとかのためだっけ、それともビワだったか、記憶が曖昧だ。

 すみよんのお気に入りの果物のどれかがこの渓谷にあることは確かである。どこにあるのか知らないのだけど……。

 

「あ、待って。すみよん」

「何ですかー」

「ジャイアントビートルの分も取ってきてもらっていいかな?」

「いいですよー。尻尾がありますからー」


 尻尾でもリンゴを掴むことができる、ってことだろうな。

 縞々の長い尻尾をくるんとするすみよんであった。

 

 ◇◇◇

 

「うん、ニンゲンの……ううん、エリックの技術は大したものだわ」

「納豆パスタを気にいってくれて俺も嬉しいよ。俺は好きなんだけど、宿のみんなはあんまりみたいでさ」

「そうなの? 匂いが独特と言っていたわね。ワタシはキノコの香りで満足だけど」

「俺も気にならない」


 納豆パスタを楽しむ俺とアリアドネ。

 小瓶に入れたなめたけもどきも乗せてアクセントにしてみたら、よりおいしくなったぞ。

 彼女もなめたけもどきを気にいってくれたようで、「へえ。あの味のないキノコが」と驚いた様子だった。

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