第61話 お茶会
「あ、そうだ」
いそいそとカブトムシの右側の翅をパカリと開けて、アリアドネへの手土産を取り出す。
彼女は多くの眷属を抱えているみたいだけど、彼女以外にもお口に合う人がいたらいいな。人……じゃなさそうだけど……。
「あら。わざわざありがとう。ワタシもアナタにって用意していたのがあったのよ」
「俺にも? 気にしなくていいのに。君の巣にお邪魔するんだから」
手土産は藁で包まれた納豆の束だったんだ。
藁で括ってひとまとめにしてあるけど、全部で10の納豆の入った藁巻となっている。
手作りでかつ包装が素人なもので見た目が良くないが、味は保証するぜ。
売り物にするにはもっとラッピング技術を鍛えないと厳しいわね。
「お茶会に招待するわ。ついて来て」
「崖の下に?」
タラリと額から汗が流れ落ちる。
アリアドネが一番強い存在だとしてもだな、インペリアルヒュドラクラスが数匹いてみろ。
お茶何て楽しめる環境じゃないって。
一応挨拶はしたし、お土産も渡した。なので、これでさよならでも俺としてはいいのだが……。
しかし、アリアドネは涼しい顔? で頭から伸びる触覚を折り曲げる。
「そうよ。そこの虫に乗ればアナタでも問題ないでしょ?」
「行きたいのはやまやまなのだけど……」
「『圧』とやらを心配しているの? すみよん、何とかしてもらえる?」
「どうにもならない問題だと思うけど……」
アリアドネがすみよんに無茶ぶりした! 強者の圧ってどうにかできるものでもなかろうに。
すみよんはアリアドネを前にしても平気そうで、超肝が据わっているんだなとは思うけど……。
さて、そんなすみよんは、長い尻尾で俺の膝をペチペチしていつもの調子でとんでもないことを口にする。
「『中』にエリックさーんは入れませんよー。ちょっとだけでしたら大丈夫ですよー」
「入れないって?」
「即死しますー。だから、入れませんー」
「待て待て。そんなところに誘おうとしてたのかよ!」
圧が無かったら、ほいほい彼女に付いて行ってたぞ。
即死するってどんな恐ろしいトラップがあるんだか……。
ところが、当の彼女ときたら悪びれもせず、こんなことをのたまった。
「忘れてたわ。エリックはニンゲンだった。蜘蛛じゃないものね。でも底まで行かなきゃ大丈夫よ」
「底には何が……」
「ニンゲンじゃ窒息しちゃうんじゃないかしら。以前ニンゲンから聞いたのだけど、ガス? があるとかで。でもクウキ? より重いとかで」
「だいたい察した。一部地面が熱くなっていたりしない?」
「よくわかったわね! でも安心して。中腹に横穴があって、そこがワタシの巣なのよ」
みなまで説明しないすみよんもすみよんだけど、アリアドネもアリアドネだ。
完全なる推測ではあるものの、渓谷の底は火山性ガスが噴き出しているんじゃないだろうか。
人間が吸うとひとたまりもないガスとしたら、硫化水素とかその辺じゃないかなあ。
恐ろし過ぎる。
アリアドネの住処はガスが無いところらしいから、俺が行っても大丈夫そうではあるが……。
「大丈夫そうですねー。では、すみよんの魔法で何とかしますよー」
「いや、別にもうここでいいって……」
「すみよんの名において命じまーす。かの者を護り給え。フォースフィールド」
「うお」
フォースフィールドとか聞いたことのない魔法が発動したらしいが、目に見えないのでワオキツネザルが前脚を広げて遊んでいるようにしか見えない。
対象は俺で、魔法の種類はバフだろうな。きっと。
バフとは味方の能力を底上げする補助魔法のことである。
どんな変化があったのだろうかと、手を握って開いてしてみたが特段体に変化はない。
「どう?」
「うお。ビックリした」
至近距離にアリアドネの顔があったので思わずのけぞる。
対する彼女は何が面白いのか喉の奥からギギギギという音を出した。
ん。待てよ。
彼女は俺よりも遥かな高みにいる実力者だ。音も立てず、目に見えない速度で動くことも造作ない……と思う。
しかし、いくら友好的に接していても格が違い過ぎる俺は常に圧迫感を覚えていたのだ。
それがどうだろう。先ほどは彼女の顔を視認するまで気が付かないほどだった。
「どうですかー」
「これなら大丈夫そうだよ」
「じゃあ、逝きましょうかー」
「何か『行く』の発音に不穏なものを感じたのだけど、気のせい?」
「気のせいでーす。心配性が過ぎるのもダメですよー」
「それもそうだな」
納得した俺は「うんうん」と頷き、今度こそアリアドネの巣へ向かうことになったのである。
◇◇◇
「すげえ」
彼女の巣の奥にあった「畑」に対し感嘆の声をあげた。
ずらっと並んだ枯木には様々なキノコが所せましと生えていたんだよ。
それほど知識があるわけじゃないから、どれが食べられるものなのか判別が難しいな。
「あら。キノコがお好み?」
「キノコはおいしいから欲しいところだけど、人間が食べることのできるキノコがどれなのか良くわからないんだよね」
「ニンゲンなら魔道具というものを持っていると聞いたけど?」
「それだ! 毒を見分ける眼鏡があったはず。街の魔道具屋で売ってた。多分……」
「あはは。お茶の準備ができたわ。安心して、ニンゲンでも大丈夫よ。試したから」
さりげなく怖い事をのたまったアリアドネにどう対応していいのか、半笑いになってしまった。
ここは聞かなかったことを決め込むのがいいか。
アリアドネのお茶とやらを試された人の無事を祈る。
アリアドネの巣にある調度品は岩のでっぱりと糸で形造られていた。
椅子は糸で出来ていて、壁に付着した糸が俺の体重を支えるハンモックのような仕様である。
テーブルは岩を切り出した感じかな?
ティーポットとカップは俺たちが使っているものに似ている。
街から調達してきたのか、冒険者の持ち物だったのか、出所を聞くなんて野暮なことはしない。
聞いたら恐ろしい答えが返ってくるかもしれないから、何てことは考えちゃいないんだからね。
「どうぞ」
ティーポットから注がれたお茶は、濃い緑色だった。ほほお。抹茶にも見えなくはない。
ちょっとばかし興味が出て来たぞ。
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