第62話 コーヒーのようなもの
「ほ、ほお。これは緑茶にそっくりだ!」
驚いた。緑茶って何から出来ているのか分からなくてさ。
その辺の雑草を煎じてみたものの、これが不味くって不味くって。
マリーの飼い猫が匂いを嗅いだ時、ものすごい顔をされたほど。
「一体どんな草を使ったの?」
「草? ニンゲンはこれを草というのかしら?」
アリアドネがパチリと指を弾くと、ふよふよと黒に近い緑色の塊が上から降りて来た。
ペタンと俺の開いた手の平に着地したそれをまじまじと見つめる。
湿りっけがあって、針の先ほどの小さい緑がびっしりと詰まっていた。
これは苔だな。黒っぽい緑の苔とか見たことがないなあ。廃村近くの小川でもとれるかもしれない。
あの場所は淡水なのに昆布と、その後ワカメも発見したんだよね。
川を散策すればごっそりとれるので今のところ在庫に不自由していない。
「草じゃなかった。苔だなこれ。どの辺に生えているの?」
「ここより少し上の崖にこびりついているわ。上から雨水が流れるところがあってね。その辺」
「廃村付近でも岩を丹念に探せば見つかるかもしれないなあ」
「どうかしら。崖は日の当たり方が外と違うわ。沢山あるからもっていく? ワタシ以外は飲まないし、ワタシも余り好きじゃないわ」
「本当に! これほど嬉しいお土産はないよ」
やったあ。緑茶を頂けるらしい。
見た目は鮮やかな緑色で、抹茶のようだけど味は緑茶。
そして、元となる葉は茶葉ではなく苔。しかも、色がどす黒い緑。
これを煎じたら、抹茶のような色合いになるとは未だに信じられない。
喜ぶ俺に対し、アリアドネは「うーん」と耳まで裂けた口からのぞく牙へ指先を当てる。
「あら。お土産は別にあったのよ。こっちはワタシのお気に入りの飲み物なの」
「アリアドネ以外も飲むの?」
「そうね。わざわざ煎じて飲まないわね。そのまま食べちゃうかしら。といっても眷属の一部よ。栽培もしているし」
「奥にあったキノコ以外にもあるの? 手広くやっているなあ」
立ち上がった彼女はキノコを栽培していた奥の方へ向かいつつ、前を向いたまま独り言のように声を出す。
「うーん。ニンゲンみたいに色んなものを食べるわけじゃないからね。少なくともワタシは」
キノコ栽培所まで行くのかと思いきや、彼女は途中で立ち止まる。
先ほどと同じように指先をパチリとすると、どこからともなくマグカップが二つ出現した。
単に暗闇で俺が見えないだけだと思う。何も無い空間から現れたわけじゃないはず。
何もない空間から突然モノを取り出す話を聞いたことがあるけど、まさかマグカップのためにそんな大それた術を使うこともないだろうから。
空間からモノを取り出す魔法は空間魔法と言われ、努力して使うことができるようになる類いのものじゃないらしい。
何も持たずに旅ができる利点がある空間魔法のことを調べたことがあるのだ。
俺? もちろん、適正なんかなかった。そもそも、僅かな文献が残るのみで師匠となる人もいないし。
半ば伝説になっているのが空間魔法ってわけさ。誰でも努力次第で習得できるものであれば、既に便利に使われている。
残念だ……。前世のファンタジーな物語ではよく見た魔法やスキルだったんだけどなあ。
ファンタジーなこの世界なら俺もアイテムボックスやら、いくらでも入る魔法の袋なんてものを使うことができると思ってたのに。
現実は厳しいものだ。
次にアリアドネが持ってきたものは黒い液体だった。
「うわあ……」
「あはは。ワタシは好きだけど、アナタはどうかしら。納豆の好みは合ったみたいだけど?」
「よ、よっし。の前にすみよん。これ、俺が飲んでも平気なのかな?」
「問題ないでえす。せいぜいお腹を壊すくらいでえす」
無責任に聞こえるワオキツネザルのセリフだけど、本当に危険なものだったらちゃんと忠告してくれる。
軽薄な物言いに聞こえるかもしれないけど、一応、俺のことを慮ってくれてはいるはず……たぶん。
初めて東の渓谷に来た時は色々言葉が足りなさ過ぎて肝を冷やしたけど、すみよんとしては自分がいれば俺の命が脅かされることはないと判断したからあの物言いだったわけだ。
腹を下すくらいなら、持続的なヒール効果ですぐに完治するから問題ない。
件のマグカップを両手で包み込むように持ってみた。マグカップから伝わるちょうどいい暖かさが心地よい。
匂いは……あれ、これって!
緑茶よりこっちの方が、俺的には嬉しい! まさか、東の渓谷の下でこのような飲み物に巡り合えるとは!
この独特の芳香。挽きたての香りかな。好みはあるかもしれないけど、朝にこの芳香に包まれたら目覚めスッキリ、やる気がみなぎってくる。
「苦いでえす。リンゴくださーい」
「ジャイアントビートルの中に入ってるよ」
香りに思う存分酔っていたら、ワオキツネザルから要らぬちゃちゃが入ってしまった。
香りをくゆらせ、一口。
爽やかな苦みが舌を踊る。
「どうかしら?」
「緑茶以上に感動したよ! まさかここで挽きたてのコーヒーが飲めるなんて!」
「コーヒー? コーヒーというのは草かなにか?」
「黒い豆なのだけど、谷の中に自生しているの?」
「自生しているわ。栽培もしているけど、豆じゃないわよ。これはキノコよ」
「え。えええええ!」
この日一番の叫び声が出る俺であった。
キノコ。コーヒーが豆じゃなく、キノコからできている……だと。
そ、そんなはずは。この香り、味。確かにコーヒーで間違いない。
だがしかし、アリアドネが嘘をつくわけもなく、嘘をつく理由もないしさ。
それに彼女は栽培をしていると言った。つまり、この奥にあったキノコのうちどれかが、今俺が飲んでいるコーヒーの原料になっているのか。
「持って帰る?」
「是非! コーヒーが用意していたお土産だったの?」
「そうよ。アナタのお気に入りの納豆を食べさせてもらったのだもの。ワタシもお気に入りをと思って」
「ありがとう! 栽培しているところも見せて欲しい」
「いいわよ」
コーヒーをひとしきり楽しんでから、奥のキノコ栽培所に向かう。
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