第129話 スピパ(あげ直しました!)

「他にスピパが付着しているところはない?」

「なイ。祈祷師さま、ありがとウ」

「スピパ、もらってもいいかな?」

「乾燥させタら、燃やス」


 ふむ、茶色い塊ことスピパはサハギンたちにとって利用用途はないって考えていいのかな?

 さっき水を流して剥がした茶色い塊は湿り気があり多少の弾力がある。一方で自然に彼女の体から剥がれたスピパはかっちこちになっていて、とても硬い。

 湿り気のあるものはもちろん、乾燥したものも俺の手の平に張り付くことはなかった。


「スフィアにも張り付かないよな」

「ちょ、ちょっと、どこに貼り付けようとしているのよ」

「ふむ、やはり張り付かないか。魔力の高い者にならと思ったけど、変わらないな」

「あの子の硬いヒレ? のような部分にしか張り付かないんじゃない?」

「ふむ、ジャイアントビートルの甲殻とかに張り付くかもしれないな、布でくるんで持って帰るか」

「それ……食べるの?」

「ほら、匂ってみて、なんだかおいしそうな香りがしない?」

「う、うーん」


 スフィアにはイマイチで、「生臭い」って嫌そうに顔をしかめている。

 この香り、どこかで嗅いだことがあるような気がするんだよな。

 乾燥しているスピパの硬さといい、この独特の香りといい……ひょっとしたら、と思ってさ。

 毒が含まれているかもしれないけど、その時は俺のヒールで何とかすりゃいい。

 こういう時、ヒールを使えることは便利だよな、うん。

 スピパに意識を向けていたため、肝心なことが抜けていた。

 パンパンと手を腰の辺りの布で拭ってサハギンの少女と同じ目線の高さになるようしゃがむ。

 彼女はまだまだ体力が回復しておらず座った状態のままだった。さっきまで起き上がることさえ出来なかったくらいだってのに、四つん這いになって頭を下げてくれたりして申し訳ない。

 俺が立ったまま自己紹介しようものならフラフラでも立ち上がってくると思って、彼女と目線の高さを合わせたんだ。

 

「俺はエリック、祈祷師じゃなくて元回復術師の人間だよ」

「サハギン族のザザ。ピッキングをしていル」

「ピッキング?」

「船を運ブ。貝を取ル」

「へえ、船かあ」

「そウ、船。エリックは祈祷師で船乗リ?」


 どっちも違うんだが……かぶりを振ろうとしてサハギン族の少女ザザの視線の先に目をやる。彼女が見ていたのはブルーメタリックに輝くカブトムシだった。

 移動する姿を見ていなくとも、俺がカブトムシに乗ってやって来たのだな、と想像するのが自然だ。

 彼女らサハギンにとって乗り物は「船」と表現するみたいだな。彼女の言葉から、サハギン族は海の中を泳ぐ生物に騎乗していると思われる。

 きっと別の生物なのだろうけど水上をとなれば俺が想像するのはイルカやシャチだな。彼らの背ビレを掴んで移動するとか、ワクワクが止まらない。

 前世日本の記憶になるが、シャチを掴んで水中なら乗って水上ならヒレを掴んで移動するお姉さんの姿に対し子供心にいたく感動したものだ。


「俺は宿の店主なんだ」

「ニンゲンのジョウシュさま! 祈祷師さまで船乗りで、ジョウシュさま!」

「そ、そんな大そうなものじゃないんだって!」

「ニンゲンはサハギンと違ウ?」


 「そうそう」と捲し立てるように頷く。彼女は俺を大貴族か何かとでも思ったのか最初に礼を言ってくれた時の姿勢になろうとしていたので慌てて止める。

 何をどうやったら宿屋の店主が領主になるのか激しく疑問だ。

 彼女らの住む世界と俺たち人間の住む世界が違い過ぎるのでどこでどうそのような判断を下したのか想像すらできない。

 どうも地雷を踏み続けているようだから、話題を変えてみるか。


「あー、そうだ。ザザは湖に住んでいるの?」

「底に小さナ村があル」

「へえ、茶色の塊……スピパを乾かすために地上に来たの?」

「そウ、サハギンは陸でも息がデキル」

「そいつはすごい、人間は水中だと息ができないんだ」

「そうだっタ。ザザ、祈祷師さまにお礼がしタイ。でも、祈祷師さまは水の中に入れナイ?」

「泳ぐことならできるけど、水中にずっとは無理だよ」


 息だけじゃなく、水圧も無理な気がする。

 彼女らの村がどれほど深いところにあるのか分からないけど、二階建ての家を建てるにして10メートルくらいは必要だよな。

 湖面から建物の姿を確認できないくらいだとしたら少なくとも30メートル以上の湖底になる。

 それくらいなら水圧に関しては問題ないものなのか?

 うーん、分からん。しかし、懸念するまでもなく、息が持たないな。

 謎の計算をしている俺と内容は異なるがザザも何やら考えているらしく、俺と同じようにしばらく発言が止まる。

 そして、彼女はガバッと両手両膝を地につけ、深々と頭を下げた。


「祈祷師さま、お願いガ」

「ちょ、頭を下げるなら普通にして……」

「地上で高価ナものガ何か、ザザには分からなイ。ニンゲンはサハギン要らなイ?」

「ど、どういうこと……?」

「神水を少シでも分けテ、ホシイ。だけド、祈祷師さまへの礼が分からなイ、ザザでもイイ?」


 会ったばかりの俺に何てことをのたまうのだ!見世物小屋に売られるかもしれないのだぞ。いや、そんなことしないけど……。

 あと、そこの赤毛の酔っ払い、変なニヤニヤ顔をやめたまえ。


「あらあら」

「あらあら、じゃないだろ! キャラが変わってるぞ」

「そうかしら」

「テレーズかよ、って思ったほどだよ。それはともかく、スフィアから何かアドバイスはないかな?」

「うーん、そうね。サハギンと人間で大丈夫なのかしら?」

「もういい!」


 ダメだ、このポンコツ。酒を飲んでないはずなのだけど、まさかザザと会話をしている間に飲みやがったのか?

 その豊満な胸の間に隠していた?

 怪しい、スピパを彼女の胸元に放り込もうとしても恥ずかしがって抵抗してくる様子がない。


「飲んだだろ?」

「飲んでないわよー。いつ飲む隙があったというのよ」

「お酒がいイ?」


 気分はすっかり敏腕捜査官だった俺を現実に引き戻したのはザザだった。

 「酒」のキーワードに反応したのはもちろんスフィアである。

 完全に意識がそっちに持って行かれて俺の言葉など聞いちゃいない。

 仕方ない、ここは追及の手を休め、ザザの話に耳を傾けることにするか。

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