第130話 酒があるらしい

「酒が……あるの?」

「ザザはまダ飲めなイ、儀を経タら飲めル」

「儀? 難しいものなのかな?」

「誰でモこなせル。祭リ」

 

 成人式みたいなものかな?

 式が終わると大人の仲間入りをして酒を飲むことが許可される。

 未成年の飲酒は禁止してますってことね。

 そうかあ、成年式かあ……じゃなくってだな。

 

「ザザたちサハギンは湖の中に村があるんだよな?」

「そウ」

「水の中だと酒を作れたとしてもすぐに湖の水と混じらない?」

「そうだったのね……」


 突然口を挟んできたスフィアが顎に細い指先を当て「然り」となっていたが、違うからな。

 湖の水が酒でできているなんてことはない。湖の水は少しだけ塩っ気のある汽水である。

 味付けにも使ったし、湖で泳いだ時に多少口に入ったけど、アルコール成分なんて含まれていなかったってば。


「待て、湖の水を飲まなくていいから」

「そ、そんなわけないじゃない」


 酒のことしか頭にない酔っ払いをその場に座らせ、改めてザザに話を聞くことにする。


「酒もそうだけど、飲み物は別で用意されているの?」

「そウ、壺に入れてル」

「……ん、どうも話がかみ合わない気がする。俺の認識が違うのかも」

「認識?」

「村って水の中にあるの?」

「泡の中にあル」

「そ、それは……是非見てみたい! それで大きな貝殻の家とかに住んでいたりするの?」

「違ウ貝殻はあル」


 まさかまさかの展開だ。

 湖の底にはサハギンの村がある。水中に巣のようなものがあるのかと思っていたが、何と泡に包まれているのだって。

 想像と異なる可能性もあるが、村全体が泡で包まれていて肺呼吸ができるようになっているんじゃないだろうか。

 おとぎ話にあった水中都市に思いを巡らせ頬が緩んでくる。

 人魚の国ならぬサハギンの村だったわけであるが、俺の期待のふくらみがしぼむことはない。

 だって、泡の中にある村とかもうワクワクで天元突破しそうだよ。湖の底まで息が続かないので泡の村へ行くことは叶わないけどさ。

 

「ね、ねえ……お酒」

「ちゃんと聞くから、落ち着け」


 立ち上がって縋りつこうとするスフィアに対し両手を前に出してなだめる。


「ザザ、俺からも一つ提案というかお願いがあるんだ」

「何でモ言っテ」

「君の言葉で言うところの神水を必要な量だけ提供したい。それでさ、村にある酒を少し分けて欲しいんだ。ついでに剥がれたスピパももらってもいいかな?」

「お酒でいいノ?」

「貴重だったかな……俺とスフィアが味見できるくらいの量でいいのだけど」

「壺一つでもイイ?」

「この水筒くらいでも十分だよ。神水は消費期限があってさ、そんなに貴重なものでもないんだ」


 俺がヒールをかけただけの只の水だしさ。

 確かに彼女らにとってはスピパを即剥がすことができる便利アイテムになる。

 本当はそのまま無償提供してもいいところなのだけど、彼女の態度から「無償で」なんて言い出すと「あまりに高価過ぎて値段を付けることができない」くらいに勘違いしそうで怖くて。

 高価過ぎて代替となるものがないから無償で提供するなんて意味合いに取られちゃったらやり辛くて仕方ない。

 なので、酒ほんの少しくらいの価値なんだと伝えることで事なきを得ようと思ったわけだ。

 俺としてはヒール付きの水で見たこともないサハギンの酒をお目にかかれるとあれば幸運以外の何物でもない。


「すグ、取ってくル」

「待って。ザザ以外にもスピパに悩まされている人がいたりしないか?」

「いル、水の外まであがってこれないサハギンもいル」

「村だと泡の中だから乾燥させることはできるんじゃ?」

「光なイ。太陽の光」


 魔法の光くらいならありそうだけど、太陽光じゃないと乾かないとかあるのかもしれない。

 もしくは、泡の中でも乾くは乾くけど、外に出て乾かすのに比べ相当時間がかかるとか?

 にもかかわらず、泳いで外まで出てこない、いや来れないんだろうな。

 外に出てこれないほど弱っている人がいるとなると、急を要する。

 

「どれくらいの水があれば足りそうかな? 水を入れる容器はこの水筒くらいしかないんだ」

「持ってくル、お酒モ」

「少し休憩してからの方が、あ、そうだ、この水を飲んで」

「貴重ナ神水ヲ?」

「神水は効果時間が限られているんだ。これはもうすぐ効果がなくなっちゃうから遠慮せず飲んで」


 真っ赤な嘘であるが、こうでも言わないとすったもんだで中々飲んでくれないと思ってさ。

 水筒の水は今朝ヒールを付与したばかりなので、まだまだ効果が持続する。

 そうだ。確かカブトムシのコンテナに……。


「座って、これを肩からかけてくるまってもらえるか?」

「うン?」


 小さめの毛布も持ってきていたんだ。

 毛布にもヒールを付与している。効果のほどはマリーの飼い猫をはじめ、宿に泊ったお客さん、俺本人も体験済みだ。

 時間はかかるが骨折だって治療できてしまうんだぜ。

 疲労回復にも効果覿面である。


「しばらくそのままじっとしてて、寝ころぶのも良いかも」

「でモ」

「急ぐ気持ちは分かる……けど、俺も水を汲んでこなきゃさ。しばらく待ってて」

「神水ヲ?」

「そう、神水は水にヒールをかけなきゃいけないから、ここに水はもうないからね」

「祈祷師さま、ありがとウ」


 俺の想像だけど、祈祷師は回復術師ではなく錬金術師に近いんじゃないかな?

 錬金術師の中でも付与術が得意分野としている人たちに当たるんだと思う。ポーションとかを作ってる人たちだな。

 教会の聖水に比べると回復効果は低い。薬草と違って即効性があるので旅のお供に持って行くことが多いかな。

 俺のヒールは付与術と違って時間制限がある。その分、回復力が段違いなのだ。

 いくら威力が低いとはいえ、ヒールをかけ続けるわけだから中々のものだと自負している。

 

 カブトムシに乗り、近くの小川で水を汲んでヒールをかけ元の位置に戻った。

 俺の勧め通りザザは毛布にくるまりじっとしていてくれてホッとする。

 

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