第128話 神水

 俺が知らない種族ということは向こうも人間のことを知らない可能性もある。

 未知というものはそれだけで警戒の対象だ。むやみに近寄るとこちらに敵対心がなくともそうとられる可能性もある。

 人間にたとえるとジョエルくらいの年に見えるので仮に少女としておこう。

 肌の色も人間と異なり、薄い青色なのだがヒレじゃない部分の肌感は人間そっくりに見える。

 人間と同じように服だって着ていた。服と言っても水着のビキニのよなものだったが……。

 そのため、肌が露出している部分が多く怪我をしているかどうかの確認がしやすい。今のところ大きな怪我をしている箇所は見受けられない。

 

「うーん、どうしたものか」

「魔力が弱まっているわ」

「気を失っているだけ? なのかな?」

「私は回復術師じゃないから、何とも。エリックさんの方が詳しいんじゃないの?」

「う、ううん。彼女? でいいのか? 彼女の種族を見たことが無くて」

「たぶん、サハギンね。リヴァイアサンの眷属とかじゃないかしら」

「唐突に伝説の海神の名前が出てきたな。確か、海を統べる竜だっけ。竜だから蛇に属すのか」

「そうね、手足を見れば蛇の属性を持っていると分かるわ」

「そんなものなのか。蜘蛛の方も特徴があったりする?」

「蜘蛛は虫の特徴をどこかに持っていることが殆どよ。インセクトフェアリーを見れば分かるんじゃない?」


 確かに確かに、と内心何度も頷く。

 蛇は分からないが、蜘蛛なら想像がついた。

 アリアドネは背中に蜘蛛の脚があるし、えむりんの羽はトンボのような感じだものな。

 じゃあ、カブトムシも虫一派なのだろうか? 虫一派なのだろうけど、アリアドネの配下ではなさそう。

 彼女は俺に騎乗生物を提供してもいいと言っていた。

 でも、カブトムシがいるから要らないわよね、的なことを続けて言っていた……記憶だ。

 まあ、ひとくくりに蜘蛛や蛇といってもいろんな種族が含まれているよね。

 哺乳類の中に人間が含まれるような感覚なのかもしれない。

 

「う、ううん」


 サハギン(仮)の少女がうめき声をあげる。

 固唾を飲み彼女の様子を眺める俺とスフィア。

 最初が肝心だぞ。なるべく友好的に見えるように接しないと。

 そしてようやく彼女の目がパチリと開く。

 体を起こすかと思ったが、首を動かすこともできないようだった。

 僅かに口だけを動かし、何か喋ろうとしているが声が出ないのだろうか?


「水を飲めば少しは声が出るようになるかな?」

 

 両手を広げ手を上げる様子を彼女に見せてから腰に装着した水筒を掲げ、少しだけ水を垂らす。

 次に水筒に指をさし傾ける仕草をして、彼女の口元へ指先を向けた。


「エリックさん、言葉は通じるんじゃない?」

「俺の言っていることが分かる? 今見せた通り、これは水筒で中に真水が入っている。俺たちに敵意はない。こっちの赤毛のスフィアが倒れている君を発見して様子を見に来たんだ」

「う……」


 何か喋ろうとしてくれたが、やはり声になっていない。

 頷くこともできない様子なので水を飲ませて良いものか迷ったが、そうも言っていられない深刻な状態かもしれないので失礼を承知で水筒を彼女の口に付けた。

 そのままだと飲めないので首の後ろに手を通して彼女の頭を少し上に持ち上げる。

 

「あ、ありが、トウ」

「どこか怪我していたりしないか?」

「スピパがついテ」

「スピパ?」


 仰向けに寝ころんだままの彼女が右脚を上にあげた。

 ん、踵から足首にかけて何か引っ付いてる。ウミウシみたいな茶色い塊だ。

 彼女のヒレではなさそうだよな、あの茶色いやつ。そもそも彼女のヒレの色は深い青色である。

 模様……ではないし、ちょっと失礼して。

 水筒の水を茶色い塊にかけようと手を伸ばしたら、彼女から待ったがかかる。

 

「だメ。乾かさなイと」

「乾かす?」

「そウ、ここ」

「うわ、これ同じものかな?」


 彼女の脚に引っ付いているのと同じだと思われる茶色い塊が倒れた彼女の周囲にいくつか落ちていた。

 こちらは彼女に付着しているものより乾燥しているように見える。

 一つ手に取りスフィアの方へ向けた。

 

「湿らせたら俺にも引っ付くかな?」

「どうもその生物は魔力を吸うようね」


 俺の手の平を見つつも彼女の意識はサハギンの少女に向けているようだった。

 少女に張り付いた茶色の塊に流れる魔力の流れを見ての判断であろう。


「スピパ、ザザの力を吸ウ、だから、ザザ、ここで乾かしてタ」

「起き上がって大丈夫なの?」

「うン、不思議な水、あなタが?」

「お、君にも効くようで良かったよ」


 起き上がるなり彼女は両手を地面につけお尻をあげた姿勢で頭を下げる。

 起きているのも苦しいだろうに、彼女の突然の態度に対し戸惑う。

 

「祈祷師さま、助けていただきありがとウ」

「俺は水を提供しただけだよ」


 もちろんただの水ではない。

 俺の持ち歩いている水は今朝ヒールをかけてきたものだ。

 水を飲んで喉を潤すだけじゃなく、体力を回復させることもできるんだぞ。

 残念ながら劇的な効果があるものではないのだけどね、俺のヒールはほんの僅かしか効果がない。

 多少の回復効果があるとはいえ、そこまでありがたがられるものでもないんだよなあ。

 俺が戸惑う気持ちも分かるだろ?

 しかし、彼女は脂汗を浮かべながらも再び頭を下げる。

 

「神水を与えてくださリ、こうして起き上がれタ」

「この水ならスピパ? にかけたら剥がれるかもしれない」

「貴重な神水を……もったいなイ」

「いやいや、怪我人がいると聞いてここまで来たんだよ」


 今度は彼女も拒否せず、座り足をこちらに向けてくれた。

 足先から水筒の水を流すと、ぽろりと茶色い塊が地面に落ちる。

 おお、すげえ。こうもうまくいくとは話が出来過ぎだぜ。

 

「スフィア、魔力の流れはどうなった?」

「うーんと、あなたのヒールを付与した水には魔力が含まれているでしょ。ちょこっとだけだけど」

「ちょこっとは余計だ。まあ、事実だけどさ」

「あはは。それで、脚と茶色のスピパだっけ? の間に水が入るじゃない。そうするとスピパは水の魔力を吸おうと脚から離れる、それだけよ」

「それってべつにヒールの付与じゃなくてスフィアが魔力を流すとかでもいいんじゃ?」

「うーん、難しいわね。あなたのヒールが丁度いい具合なの」


 何だか少し納得がいかないけど、たまたまいい感じだったらしい。

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