第127話 誰かが倒れている

「話を聞く前に俺から聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「どうぞ」


 まだスフィアから要件を聞いていないけど、この場をしばらくの間離れることになりそうな予感がしていて。

 だからこそ、彼女が防御結界を施してくれたのだろうが、目に見えないんだよね。

 

「防御結界ってどんな効果があるの?」

「そうね、マリーさんやジョエルさんを攻撃しようとする何かがいたら発動するわ」

「範囲は筏の中でいいんだよな? 結界が発動したらどううなるの?」

「緑色のオーラが護ってくれるわ。あと、対象は筏の範囲だけじゃないの。あの場にいた師匠とインセクトフェアリーを除く人たち個々人も範囲よ」

「筏から離れても防御対象になるってことかな?」

「そんな感じ。緑色のオーラはある程度のダメージを受けると消えてしまうものよ。そうね、あなたが全力で剣を振ってぶつけたとして……30回程度かしら」

「それだけ頑丈なら大丈夫そうだな」


 さすが赤の大魔導士、予想以上にスペックが高い。

 筏だけじゃなく、個々人まで手厚くサポートするだけじゃなく防御障壁の性能も上々だ。

 魔法使いの防御障壁を見たことがあるけど、一発攻撃を防いでくれる上に対象は一人だった。

 防御障壁じゃなくて防御結界だから性能が高いのだろう、多分。

 もちろん、並みの魔法使いだと結界を使いこなす力は持ち合わせていない。

 

「オーラが壊れるまでに駆け付けることができるはずよ。そう遠いところじゃないから」

「分かった」


 心配し始めたらキリがない。ジョエルたちに結界をかけてもらったけど、今も水中を動いているだろうビーバーのことも心配してないわけじゃないし。

 呆れたようにスフィアが首を傾け鼻を鳴らす。


「本当に心配性ね。師匠がいるのだから何ら問題なんてないのに」

「すみよんって力はあるのかもしれないけど、あんな感じだから任せるには不安なんだよ」

「ジョエルさんとマリーさんは師匠のお気に入りだから大丈夫よ」

「そんなもんか、結界まで使う必要なかった?」

「いいじゃない、備えあれば憂いなし、なんでしょ?」

「だな。結界って相当高位の魔法なんだろ。酒に特化しているって言ってたけどさすが赤の魔導士、結界も使えるんだな」

「その名前はやめて……恥ずかしい」

「ごめんごめん、結界ってやっぱすごいなって思っただけだよ。巣になるともっとすごいんだよな」

「巣……熊の寝床とかの巣じゃないわよね?」

「うん、そうだけど?」


 ずずいとスフィアの顔が鼻にくっつきそうなほど迫って来る。

 ガシッと肩を掴まれ思いっきり揺さぶられた。

 彼女の目は真剣そのもので、眉根を寄せ低い声で囁くように声をひそめる。


「巣……はダメ。絶対ダメ。自力で生きて戻ることは不可能よ。絶対に入ったらダメ」

「あ、うん。重々承知しているよ」

「ならいいの。感知できなくしている巣もあるから気を付けてね。まず人が入らないような場所にあることが殆どだけど、エリックさんは秘境と聞いたら喜んで行きそうだもん」

「は、ははは……俺から聞きたいことは聞いた。遅くなったけど、湖の上で聞こうとしたことを教えてもらえるか?」


 分かっている、重々承知しているよ……『巣』のことはね。

 さて、スフィアの話とは一体どのような内容なのだろうか?

 怪我人がいることは聞いたけど、俺だけにどんな関わりがあるというのだろう。

 

「怪我人がいるところは伝えたんだっけ?」

「そそ、怪我人だったら俺のヒールで何とかなるんじゃないかって」

「そういえばエリックさんは熟練の回復術師さんだったわね、すっかり酒造所の職人感覚だったわ」

「そっち! せめて料理人とかその辺が良かった」


 お互いに顔を見合わせ、微妙な空気が流れる。

 さて、気を取り直して……っと。


「それで怪我人に何か問題が?」

「うん、あなたって蜘蛛の加護を受けている人よね」

「え?」

「違った? 気のせいかしら」

「分かった。そこはいい、いずれ確かめるさ。それで、怪我人が蛇とか、その加護を受けているとかか?」

「察しがいいわね。その通り」


 アリアドネの言葉を思い出してみよう。

 蜘蛛と蛇はその昔、聖地みたいなところを求めて争っていた。

 だけど、最終的に聖地が消えちゃって戦いが終わる。

 長年争ってきたから蜘蛛と蛇は仲が悪い。そして、俺はスフィアによると蜘蛛側になっているらしい。

 ええと、後はアリアドネとしては特に蛇に対してもう思うところはないって言ってたよな。

 彼女はこうも言っていた。「昔々の話」ってね。

 現役世代ならともかく、何世代も重ねているわけだし直接戦った記憶も物語の中だけのことになっている。

 うん、正直に言うよ。何かと理由をつけて大丈夫な方向に持って行こうとしているってね。

 怪我している人がいる。そして、治療できる回復術師がここにいるのだ。

 曲がりなりにもヒールを生業にしている俺が、怪我人を放置しておくことなんてできないさ。

 回復術師がヒールを使う事を拒否するなんて、もはや回復術師じゃないだろ?

 

「案内してくれ」

「分かったわ、あなたならそう言うと思った」

 

 よし、そうと決まればさっそく移動だ。

 

 ◇◇◇

 

 カブトムシで岸沿いを5分程度走ったところで後ろに座るスフィアが俺の腕を引く。

 この辺ってことか。

 目を凝らしてみると岩陰に小さな影が見えた。

 速度を落とし、驚かせないよう少し離れたところでカブトムシから降りる。


「大丈夫?」


 声をかけるも返ってこない。

 気を失っているのかもしれないなと思い、慎重に影に寄って行く。

 俺の予想通り、小さな影は目を閉じ気を失っているようだった。

 なるほど、スフィアの言葉通り倒れていた人影は人間ではない。見たこともない種族だ。

 北の湖なら冒険者もそれなりに訪れるはずだけど、今までこの種族と遭遇したことはなかったのかな?

 人間基準で言うと、女性だ。年の頃はジョエルと同じくらいに見える。

 人間でいうところの肘から先の前腕に当たる部分の中間ほど先はトゲトゲした魚の背ヒレのようなゴツゴツした深い青色で、手の平や指に当たる部分も背ヒレのような感じになっていた。

 指は五本で間に水かきがあり、右手は開いており、左手は棒のようなものを握りしめていた。

 棒を握っていることから手は器用に動きそうだな。

 足も膝から下半ばほどで同じ色の背ヒレのようなもので覆われており、足も指が五本でヒレがついている。

 長いストレートヘアはくすんだ黄緑色で、顔は人間そっくり。だけど、耳の形が人とは大きく異なっていた。

 耳もヒレぽい感じだな。

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