第126話 アメンボ

「浮きが沈みました!」

「お、手ごたえはどう?」

「引っ張られる感じはな……きゃ」

「気を付けて」


 マリーの手に被せるようにして竿を握りしめる。

 これは、中々の引き具合だ。

 一方でメリダの方は餌を食い逃げされたらしく浮きの動きが止まる。

 彼女が竿を引くと、針には餌が付いていなかった。

 あちらはランバードが餌の付け替えをしてくれているので、マリーの竿に集中することにしよう。

 それにしても結構な引きだな。リールが付いているわけじゃないから糸を伸ばしたり巻き上げたりする動作ができず、力技のみとなる。

 糸が持てば釣り上げることができるし、もたなきゃ千切れて終了だ。

 なあに、糸は結構頑丈にできている。相当な大物でもない限りなんとかなる……はず。

 本格的な釣り道具が欲しくなってきたなあ。


「エリックさん、も、もっと支えていただけますかあ」

「分かった。これだけ引きが強いと糸が切れちゃいそうだな」


 マリーを抱え込むようにして釣竿を支え、膝を曲げ足腰に力を入れる。

 この引きの強さ……30センチ以上はありそうだ。

 糸が切れないよう祈りつつ、魚の引っ張りが弱まるのを待つ。


「よし、引っ張るぞ」

「はい!」


 魚が疲れ引きが弱くなってきたところで一気に引き上げる。

 ばしゃんと水が跳ね、湖面の上に魚が出てきた。

 見た所30センチ前後の遊泳魚だ。流線型をしており、泳ぐのに適した体をしていた。


「ジョエル、網を頼む」

「うん!」

 

 ジョエルが網を手に持ち彼を後ろからランバードが支える。筏だけに滑りやすいから、言われずとも主人を護るってことか。

 この辺は阿吽の呼吸というもので、彼とジョエルの信頼の高さが伺える。

 一発で網の中に魚を入れたジョエルが網を筏の上まで引き上げた。


「釣れましたね!」


 にこやかに俺を見上げてくるマリーに頷きを返す。

 結構な大きさな魚だと思ったけど、ジョエルは難なく網を持ち上げてみせた。彼って案外力持ちなのか?


「良く持ち上げたなあ」

「ちょっと無理しちゃった。魚って重たいんだね」

「30センチくらいになると勢いもあるし、大人でも手間取るよ」

「とても面白かった! ありがとう!」


 ピチピチ跳ねる魚をじっと見つめつつはしゃぐジョエル。

 そんな彼の後ろでメリダが恐る恐る網を覗き込み、ガタリと網の柄が動いたことでびくっと肩を震わせていた。

 丸太の隙間は魚が抜け出せるほどではないけど、跳ねて水の中にぽちゃんとしたら事だ。

 とっとと締めた方がよさそうだな。


「ジョエル、このまま締めちゃっていいかな?」

「うん! 逃げちゃいそうだものね」


 では失礼して、首元を一撃して仕留めそのまま汽水で血抜きをする。

 血で別の魚が集まって来るかも? それならそれで大歓迎だぞ。

 血に惹かれて来たのか今度はジョエルの竿に「当たり」が来た。

 先ほどと違って10センチ以下の小魚だったけど、無事釣り上げることができたんだ。

 釣竿はそのままにして少しオールを漕いで移動し、トローリング的なことも試してみたが特に「当たり」が来ることはなかった。

 船を動かしながら釣るのってどうやってるんだろう。特に特殊な技術を使っているようには思えないんだよね。

 釣竿を固定して船を動かすだけなんじゃないかな?

 筏を停止させたら「当たり」が来て、20センチちょっとくらいの魚を釣ることができた。今度の当たりはメリダで、手伝ったのはランバードである。

 

「エリックさん、ちょっと」

「ん? って、どこから来てんだよ!」


 心臓が止まるかと思った。声でスフィアだと分かったのだけど、彼女って確か岸でお留守番だったはず。

 そこまで思い至ったところで、何で彼女の声が? と疑問を抱く。

 岸から声を張り上げたにしては声が近いなあと横を向いたらスフィアがいたんだよ!

 当然ながら筏の外は水面、水面である。

 水の上を歩くと、沈む。当たり前のことを言ったと思うだろ?

 ところがだな、スフィアは水面に「立っている」。もう一度言う、水面に立っているのだ。

 そこから導き出される答えは……彼女はシノビの者……いやいや、待て待て、驚きで気が動転している。


「どこからって普通に歩いて来たんだけど?」

「アメンボかよ」

「アメンボ? 何それ……?」

「む……やはり草の者か!」

「草って雑草のこと? 雑草っていい意味なのか悪い意味なのか悩むわね」


 悩む彼女の姿を見てようやく気持ちが落ち着いて来た。


「いや、水の上を歩いているだろ。人間は水の上を歩かない」

「すみよんも歩きませーん」

「だよな」

「そうでえす」


 肩に乗っかったままだったすみよんと意見が一致する。

 人間もワオ族も水の上を歩かない。どうだ?

 呆れた様子でスフィアがはああと大きなため息をつく。

 

「言うまでもないわよね……人間が水の上を歩くわけないじゃない」

「歩いているじゃないか」

「魔法に決まってるでしょ! いつも察しがいいのに何でたまに理解を放棄するのかしら……」

「そ、そうか、魔法、魔法ね。何言ってんだよ。冗談に決まってるじゃないか、こうウィットに飛んだ冗談だよ」

「そういうことにしときましょうか」

「で、魔法を使ってまで伝えたい何かがあったのか?」

 

 いけしゃあしゃあと言い放つが、スフィアも慣れたもので眉をひそめついっと背伸びして俺の耳元に口を寄せる。


「怪我人がいるわ」

「こんなところに? 冒険者かな」

「そうかも?」

「別にこっそり話すような内容でもないんじゃ?」

「ジョエルさんたちは気にする内容じゃなかったから」

「イマイチ要領を得ないな」


 この場をすみよんとえむりんに任せ……ていいのかと思ったが、スフィアが防御結界なるものを筏に張ってくれたので彼女と共に岸に戻る。

 俺は泳いで、だけどね。

 せっかくだから俺にも水面を歩くことができる魔法をかけて欲しかった。

 

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