第125話 はわわ
「いいの?」
「うん、あとはメリダとマリーも乗って」
岸から5メートルほどのところに筏を浮かべランバードと対面になるようにしてそれを支える。
ジョエルを手招きして筏に乗ってもらった。ここならまだ膝上くらいなので手助け無しで平気だ。
続いてメリダとマリーが揃って筏の前までやって来る。
俺はマリーの、ランバードはメリダの手を取り彼女らが筏に乗るサポートをした。
ジョエルと違って恐る恐る進んでいたから念のため。
「マリー、今更だけど、水は平気?」
「はい、大丈夫です。キルハイム北の小川で良く水浴びをしていました」
「泳ぐのも?」
「平気です! これでも川で魚を獲ったこともあるんですよ!」
両拳を握りしめ、グッと胸の前にやるマリー。
しかし、徐々に表情が暗くなってくる。
きっと当時の食うに困る辛い生活を思い出してるに違いない。
湖を前にしても楽しそうにしていたし、これまでの流れからして泳ぐことはできると分かったのだけど念のために聞きたくなったんだ。
ほら、彼女の猫耳と尻尾から猫を想像するじゃない?
猫って洗おうとすると怒るし、種族的に水が苦手なのかもしれないと気になったんだ。
余計な話を振ってしまったなあ。このまま彼女を放っておくわけにはいかないぜ。彼女の気持ちを切り換えるべく質問を投げかけてみることにした。
「魚を獲るって水の中に入るってことは釣りじゃないんだよね?」
「釣りだとわたしには難しくて……エリックさんのように仕掛けを作ることもできません。仕掛けにもお金がかかっちゃいますし」
「てことは銛で突いたとかかな?」
「そうです! 小さな銛で捕まえてました、なかなか獲れなくて」
「キルハイム北の川は流れの強いところもあったり、無事でよかったよ」
「えへへ、泳ぎは苦手じゃないんです。どんくさいわたしなりに……ですけど!」
やっと彼女が笑顔を見せてくれてホッとする。
銛で魚を突く。ある種少年の憧れの一つだと思うのは俺だけだろうか?
前世の子供時代にさ、堤防で長い銛を持ったおじさんがいて、ゴムを引っ張って離すと銛がズドンと飛んで……。
あんなので魚なんて獲れないよなんて思ってたら、でっかい魚が獲れてピチピチしてたんだよ!
おじさんに聞いてみたら「カワハギ」を獲ってたんだってさ。
銛であんな大きな魚が獲れるなんてって子供ながらに驚き、感動したものだ。
そんで、ありがちなんだけど影響を受けまくって、実際に岩場で銛に挑戦してみたところ……お察しの結果となった。
「ランバード、そのままもう少し筏を押してから俺たちも登ろう」
コクリと頷くランバードが前進し始める。彼の動きに合わせて俺も筏を引き水深が腰の上辺りまで来たところでマリーとジョエルに引っ張り上げてもらった。
筏は結び目がほつれてくることもなく、浸水もしていない。
うん、今のところは大丈夫そうだな。
さあて、ここからが本番。
一応メンバーの確認からはじめよう。ジョエル、マリー、メリダにランバードそして俺。ここまでは問題ない。
あとはちゃんとついて来てるかな?
すみよんは最初から筏に乗っていたので問題なし。えむりんは……?
「えへへー」
「水の上でも飛べるんだね」
「うんー」
「えむりんちゃん、ここに座りますか?」
マリーがどうぞと手のひらに乗せたのは小さな籠だった。民宿近くの小川で自生している葦を乾燥させて編んだものみたいだな。
籠はちょうどえむりんがすっぽりおさまるくらいの楕円形をしている。
「とても上手だね」
「何度かやり直して形にできました!」
「こんなに小さな籠まで作っちゃうとは。大きなものならともかく、器用だね」
「えへへ」
本当によく編めている。いつの間に入荷したんだと思ったくらいだもの。
しかし……。
「筏はかなり揺れると思うから、マリーが持っておかないと危ないかもしれない」
「た、確かにです。丸太に挟まったり湖に落ちちゃったらえむりんちゃんが」
「えむりんは飛べるから大丈夫だよ。マリーの力作が壊れたり、湖の底に落ちちゃったらと思ってさ」
「えむりんちゃんが平気なら、使ってみて欲しいです!」
それなら俺から言う事は何もない。
マリーの力作が湖の底に行ってしまったとしたら、少し残念ではあるけどね。
彼女の誘いを受けてえむりんは籠に収まり、全員が揃ったところで筏を動かすことにした。
「んじゃ、漕ぐよー」
声をかけてからオールを振り上げ、湖面を弾く。
オールはビーバーたちが作ってくれたので既製品のように見事なものである。ランバードも同じものを持っていて、オール二本で湖を進もうという腹だ。
急ごしらえの筏であったが、オールを漕ぐとゆっくりと進め始めた。
「すごい。これで動くんだね!」
「感動です」
ジョエルとマリーが歓声をあげる。メリダも声にこそ出さないものの、尻尾と耳が興味を示していた。
ゆっくりとではあるが確実に動いていく景色に思わず頬が緩む。
岸からある程度離れたところでオールを漕ぐ手を止め、今度はジョエルらに声をかける。
「ここで釣りをしてみようか」
「うん、メリダ、ランバードもこの釣竿を使って」
主人の指示であればランバードも遊びに加わるのだ。いちいちジョエルから指示を出さないと動いてくれないのだけどね。それが彼のスタイルなのだから仕方ない。
ジョエルも慣れたものでランバードが楽しめるよう考えて指示を出しているように見える。
糸を垂らし全員で揃ってじーっと湖面を見つめ……しばしの時が過ぎた。
お、おお。マリーの浮きがピクピクしている!
「ど、どうすれば…‥エリックさーん」
「メリダの浮きも動いているよ!」
「ジョ、ジョエル様、こ、交代していただけますか」
あわあわするマリーとメリダに対し、ジョエルと顔を見合わせて笑う。
ジョエルはメリダと交代することはなく、彼女にそのまま続けるよう返す。
猫耳と犬耳が動いて揃って不安を現していた。
「俺も詳しくないから、まあやってみよう。釣れなくても構わないから、気楽に」
「は、はいい」
「メリダも聞いてて。浮きがピクピクしてるのは魚が餌を突いているのだと思う。魚が『お、うまそう』と思ったら浮きが沈むはずだ。だけど、軽い引きの時はまだちゃんと餌を咥えてないから『待ち』ね」
「見分けがつかないです」
「そこが釣りの面白いところなんだってさ」
習うより慣れろだよね。
さあ、浮を良く見て判断をつけようぜ。
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