第124話 ぽろん
この世界にはビニール素材はない。アクリル素材ももちろんない。
石油の加工繊維が存在しないので、日本にあるような水着はないと思うだろ?
素材こそ異なるが、見た目そっくりな水着はあるのだ。キルハイムは海に面した街じゃないので、海水浴はできないけど湖や小川はある。
とまあそんなわけで水着の需要はキルハイムでもあるのだ。
といってもキルハイムの街で生産されるものは極僅かで多くは港街から運ばれてくるものである。
ほら、キルハイムの街で魚介を食べただろ? あの店で毎日港街から来る魚介を食べることができる程度にはキルハイムと港街の交易は盛んなんだ。
水着は確か海に住む生物の皮か何かで出来ていると聞いた。
「うん、悪くない。ありがとう、ランバード」
「私ではなく、メリダに感謝を」
「メリダにはもちろんお礼を言ったよ。ランバードの予備なのだから、お礼を言いたくて」
「礼を言われるほどのものではない」
ランバードは素っ気ない。でも本当の彼は少し異なると思っている。
素っ気なく振舞おうとしている様子が時折見て取れるのだよね。職務中だから自分を律しているとメリダとジョエルから聞いている。
廃村に来てまで同じように振舞う必要はないとジョエルから言われても、本人的にはこの方がいいらしく、彼の主人もそれ以上何も言っていない。
ジョエルの性格的に強制することを嫌がるので、やりたいようにさせた結果がこれなので、本人的に良いのなら良いのだろう。きっと。
人の趣向にとやかく言うつもりは全く無いし、特に彼の素っ気ない態度に対して悪い気もしないので俺的にも問題ない。
水着の紐を結び、軽く屈伸して様子を確かめる。
見た目はカーキ色に白の紐の膝上丈くらいのハーフパンツタイプの水着だ。ただ細かいところで日本の水着とは異なる。
表面の触り心地は似ているが中はサポートするような白い網のようなものがついていない。ゴム素材もないので紐は普通の綿で出来た紐である。
なのでズレてこないようにしっかりと結んでおかなきゃならない。
ランバードは俺と同じような形で色が黒色の水着だった。ランバードの予備が俺の着ている水着なのだから似ていて当たり前か。
「お待たせしましたー」
パタパタと繁みから出てきたのはマリーとメリダだった。
あれ、護衛役を兼ねたスフィアがいない。
マリーとメリダは同じ花柄のビキニで双子の姉妹のように見える。
柄が同じなのだけど色が反対になっていて、マリーは下地がピンクで柄が白。メリダはその逆である。
可愛らしい水着のセットであるが、俺には一つ、どうしても気になることがあった。
かといって自分から聞くわけにも。
などと悩んでいたら、マリーから動いてくれたのだ。
彼女はその場でくるりと回転し、コテンとおどけたように首をかしげる。
「ど、どうでしょうか?」
「似合ってるよ! メリダとまるで姉妹のようだ。サイズもピッタリ」
「良かったです! メリダさんの水着は計ったようにピッタリで」
「背格好がそっくりだもの」
普通に応対しているが、俺の目は彼女が回転した時ある一点に集中していた。
俺の目は確かに捕えていたのだ。彼女の尾てい骨辺りを。
尻尾用の穴が開いているのかと思いきや、ちょうど尻尾が出るように水着のパンツがくびれていた。
なので、尻尾を気にすることなく着ることができるのだ。
なるほどなあ。良く考えられている。
マリーと違って恥ずかしがってかメリダは前を向いたままだったので、彼女の水着を確認することはできていない。
だけど、予備がこれだったので彼女の着ているものも同じデザインだと思う。
ふう、疑問がスッキリして満足した。
あれ、何か忘れていたような?
そうか、ジョエルの水着についてだったな。彼の水着は競泳選手のようなイメージと表現すうばいいのだろうか。
半袖のグレーのシャツと体にピッタリサイズのハーフパンツのセットである。
俺やランバードのように上半身裸ではない。冷えるかもだし、直接肌に触れる部分が少ない方が擦り傷なんかにも強いよな。
俺はあってもなくてもどっちでもいいかなあ。上着は。
少なくともこの前の全裸より遥かに良いことは確かである。
「よっし、んじゃ改めて筏に繰り出すとしようか」
「すみよんも行きますよー」
「おー」
すみよんが肩に乗って来たのにつられてか、えむりんまで俺の肩にお座りした。
右にすみよん、左にえむりんとえらいことになっているが、既に俺のテンションはそのような些細なことを気にするレベルではなかったのだ。
「エリックさーん! お伝えしたいことがー!」
「ん?」
走り出そうかとした俺にマリーが遠慮がちに待ったをかける。
まだ何かあったっけ?
「スフィアさんですが、見学になりそうです」
「実は泳げないとか?」
「泳ぎ……はどうでしょうか」
「参加するしないは自由さ。護衛がいなくなっちゃうような……いや、えむりんがいる!」
筏に乗る前はスフィアも乗り気だと思ってたんだけど、気乗りしないなら仕方ないよね。
以前アリアドネからえむりんなら旅の楽師ホメロンが連れている大型の犬型モンスターであるホルゾイであっても怪我をすることがないと聞いた。
だったら、湖にちょこっと出るくらいなら平気だよ。一応俺もいるしさ。弓やナイフはちゃんと装備している。
とろろがマリーの表情が優れない。やはりスフィアがいないと不安を覚えてしまうのかな?
言い辛そうに彼女が続きを口にする。
「そ、そのですね、水着が」
「実は二着だったと勘違いとか?」
「い、いえ。ちゃんと三着あったのですが、そ、そのですね、入らずに」
「あ、うん、それは仕方ないよ。マリーとメリダより背が高いものな、手足も長くなるし」
「そ、そうですね、え、えへへ」
てへへと可愛らしく笑うマリーの手を引く。
別に彼女やメリダが悪いわけでもないから、気にすることなんてないぜ、と笑顔を作る。
そんないい笑顔を浮かべた俺の鼻をすみよんの長い縞々尻尾がくすぐってきた。
「っつ、くしょん!」
「違いますよお、エリックさーん」
「違うって?」
「スフィアはおっぱいがぽろんして入らなかっただけですー」
「それは……あ、そうかも」
「仕方ありませんねー。葉っぱでも巻けばいいんじゃないですかー?」
「スフィアに任せるよ……」
敢えてマリーが触れなかったことに対し、ズバット切り込んでくるすみよんはさすがと言うか何というか。
これが種族の壁ってやつだな……。
そうだねえ、マリーとメリダはささやかであるが、スフィアは、うん。
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