第133話 みんなで食べると、おいしい

「なるほど……こうなっているのか」


 コンテナ部分は開かず、その代わり引っ張り出せるようになっていた。

 そう、まるでキッチンカーのカウンターのように。

 反対側も同じようになっているのかな? 

 引っ張ってみると同じ張り出しが出てきた。椅子があればちょうどいいテーブルになりそうだ。

 カウンターに指先を当ててみても、特に熱くはない。


「お願いしなきゃダメですよお」

「いや、オレンジは俺のペットじゃないし?」

「欲しいですかー?」

「ジャイアントビートルがいるから、間に合っているよ」

 

 カサカサ。

 ファイアビートルと並んで鎮座していたジャイアントビートルの右前脚と角が上にあがり、自己主張をしているようだ。

 彼は非常に大人しく、頼まれた行動以外はしない。唯一の例外は食事のときに食べる仕草をするくらいだ。

 そんな彼が頼まれずとも自分から動くなんて少し驚いた。

 彼の元に歩み寄り、ブルーメタリックの腹へペタリと手を乗せる。

 甲殻はひんやりして車に触っているかのようだった。

 

「とても喜んでいるようですねー」

「そうなの? 全く分からないけど」


 ジャイアントビートルにするると登り、角の先からこちらを見やるすみよん。

 長い尻尾をペシペシと角に当て言葉を続ける。


「足を上げると上機嫌。角を上げるのも上機嫌でえす。二つともになると『ちょうはっぴー』」

「嬉しくなるようなことをしてはいないのだけど……」

「ジャイアントビートルがエリックさーんのことを気にいってるってことですよー」

「それは俺もだよ」


 最初は馬より優れたカブトムシの性能だけに目が行っていた。

 だけど今は違う。彼と共に出かけているうちに静かな彼にすっかり惚れこんでしまった。

 洗車をする時にも身じろぎ一つしない彼だけど、心なしかさっぱりしたような表情を見せている気がして。

 車とペットの間くらいの感覚と言えばいいのだろうか?

 自分の愛車に向ける感情とペットに対する愛情が半々なような、そんな感じ?

 難しいな。前世では持たなかった感覚だ。

 そらまあ、地球には騎乗できる虫なんていないし。

 地球と違ってこの世界には騎乗できる生物種が多い。まだまだ知らない騎乗できる生物がいると思う。

 ジャイアントビートルに似たビートル種だけでも俺が聞いている限り四種もいるんだし。

 

「焼くのですかー?」

「そうだった。せっかくすみよんがオレンジ……ファイアビートルを連れて来てくれたから活躍してもらおうと思ってさ」


 この引き出し式のカウンターが炉になるんだよな? 多分。

 繰り返しになるが自分のペットなら念じれば動いてくれるのだけど、オレンジは俺のペットではない。

 なので、主? だろうすみよんにお願いしようとしていたわけだが……。

 

「熱っ!」


 カウンターに乗せていた手の平に熱を感じ、反射的に手を離した。


「頼むなら、先に頼んだと言ってくれれば」

「ワタシは何もしてませんよー」

「え? ファイアビートルはすみよんがテイムしてきてくれたペットだよね」

「テイム? そうでした。ニンゲンはテイムしないと仲良くなれないでしたねえ」


 何かこの先を覗いてはいけない気がしたのですみよんとの話はここで打ち切る。

 カウンターは熱い鉄板に変化した。

 ということはここで鉄板焼きができるということだ!

 

「みんなが釣った魚から調理しよう」


 もう一方のカウンターは熱くなっていないので、調理台として使わせてもらおう。

 俺のいない間に全員が一匹以上釣り上げていたので次から次へと魚を捌き、三枚におろす。


「まず素材そのままの味ってことで、汽水だけで味付けした魚からはじめよううか」


 俺の意図するところをみんな汲み取ってくれたのか、いの一番にマリーから「いいですね!」と返ってきた。

 敢えて説明するまでもないが、汽水だけで味付けした魚はジョエルでも食べることができるものなんだ。

 

 ジュワアアアア。

 ひゃあ。いい音だな! 水の蒸発具合からしていい感じの温度になっていることが分かっる。

 ファイアビートルの炉って温度調節もできるんだろうか? 

 恐らく、いやまず間違いなく「できる」に違いない。いやほら、「炉」という表現をしていただろ?

 料理に使う程度の温度なら、「炉」と言わずに「火」とかで表すはず。

 炉というのは鉄を溶かす、

 焦がさないようにひっくり返して、焼けた魚を皿に盛る。


「どんどん食べて行ってくれよお」

「最初だけ、エリックさんもご一緒できませんか?」

「そうしよう、ありがとう、マリー」

「えへへ。『みんなで食べると、おいしい』ですよね!」


 俺は一匹も釣ってないけど、マリーたちの釣った魚は大小合わせて10匹もあった。

 スフィアを含めて全員で分けたとしても十分に行き渡る量だ。

 

「途中で抜けちゃってごめん、さっそく食べよう!」

「いただきます!」


 釣ったばかりの魚をその場で食べる。

 なんて贅沢なんだろう。汽水の僅かな塩気だけだというのに熱々で身に脂も乗っておりなかなかいけるな。

 外でというのと、みんなでワイワイしていることでおいしさも増している。


「魚はまだまだあるぞお。貝とかエビ類もプレゼントの中に含まれていたから、どんどん食べてくれよ」

「フルーツはありますかー?」

「あるある。ジャイアントビートルに積んできてるぞ」

「甘いのがいいでえす」

「じゃあ、僕もフルーツを頂こうかな。甘いので」


 てくてく歩くすみよんにジョエルが付いて行く。

 すみよんのフルーツは彼に任せておくことにしよう。彼ならカブトムシのコンテナを開くことができるからね。

 元々カブトムシに好感を抱いていた彼は既にカブトムシのことを熟知している。

 コンテナの開き方だってお手の物ってやつさ。

 おっと、俺は俺で先に言っておくことがあったんだった。

 

「スフィア、酒はダメだからな」

「え、えええ。お魚の脂を流すのに……」

「それは帰ってからで、レストランが終わった後になっちゃうけど、ちゃんとお届けするからさ」

「ほんと!?」


 しゅんとしていた彼女の顔がぱああっと明るくなる。

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