第132話 誤魔化してなんていない

「ごめんなさイ、これダケ」

「ありがとう! こんなに頂いていいの?」

「神水と釣り合わなイ、まダ、神水をサハギン族が知らなイから」

「手持ちで持って来てくれたんだ……」


 容量としては2リットルくらいの壺を持って戻って来たザザ。

 彼女はさっそく壺を差し出してきたのだけど、小さく首を振って手を前にやる。

 彼女の暮らしがどの程度のものなのかは分からない。

 「釣り合わない」と表現していることから彼女「個人」でできる範囲のギリギリまで持って来てくれたんじゃないのかと思ってさ。

 裕福な暮らしをしている、ならいいのだけど、スピパに苦しめられている状況や彼女の仕事から推測するに生活は決して楽じゃないはず。

 精一杯のお礼を持って来てくれたのは嬉しい。だが、彼女の生活を脅かすほどの礼かもしれないと思うと受け取ることなんてできないよ。


「祈祷師さま?」

「あ、いや。大事なものだろうから」

「サハギン族のお酒ジャ、少シだけ……ザザでもいイ?」

「いやいや、あ、そうだな、今は荷物が多くてさ、水筒にちょこっとだけ頂く、でもいいかな?」


 既に空っぽになった水筒に壺の中に入っている酒を注ぎこむことでザザにも納得してもらった。

 酒を注ぐ時のスフィアの目線が痛かったが、完全無視を決め込む。


「当たってる」

「エリックさん、えっちなことを言って誤魔化そうったってそうはいかないんだから」

「必死過ぎだろ! ちゃんと分けるから、離れて」

「ぜ、絶対だからね!」


 無視していたら迫って来て、ならばと彼女に背を向けて水筒を持った手をできる限り前方へ伸ばしたら背伸びして背中側から覗き込んできて……今に至る。

 酒に対する欲望は恥ずかしさをあっさり踏み越えるらしい。

 密着した俺から離れた後に真っ赤になるところがもう、ね。

 物事に熱中すると周りが見えなくなると言うけど、彼女の場合は完全に周りが見えなくなるからさ。

 これほどの集中力があるから魔法の大家と言われるまで成長できたのだろうけど……。俺には真似できんな。

 

「祈祷師さま、これモ、イイ?」

「綺麗なほら貝? なのかな」

「うン、ザザ、祈祷師さまを助けたイ」

「ありがとう、預かっておくよ」


 彼女は手のひらサイズほどのほら貝を口につけ吹く仕草をしてから、俺にそれを手渡して来る。

 このほら貝を吹き鳴らすと彼女が駆けつけてくれる、とかそういったところか。

 北の湖から民宿までは相当な距離があるからなあ。

 次回、北の湖を訪れた時にでも吹いてみるか。目的は俺の救済ではなく、スピパのことについて尋ねたいからだ。

 もしスピパにまだまだ苦しめられているようだったら定期的にヒールを付与した水を届けたいからね。

 

「ねえ、飲まないの?」

「今は飲まないって」


 じとーっと水筒を凝視するスフィアに対ししっしと手を振る。

 飲まないと断ると、ぽかんとして聞き返してきた。


「え、そうなの?」

「ジョエルたちを連れてピクニックに来ていたってことを忘れてない?」

「そ、そうね、そうだった気がするわ」

「結界魔法、ありがとうな」

「う、うん。今のところ結界に綻びはないわ」


 モンスター襲撃の危険性があるから彼女に頼んでわざわざついて来てもらっていたことを忘れていたな。

 と言っても彼女はこれまできちんと仕事をしてくれている。

 ザザを発見してくれたのも彼女だったわけで。ほんと、酒が絡まなきゃ超優秀なのだけどなあ……勿体ない。

 まあでも、多少ポンコツな所があった方が親しみやすい。

 行き過ぎは困るけど、彼女の場合は分かりやすいからこれはこれでいいんじゃないかな。

 某錬金術師と比べると……比べるのが失礼だった。すまん、スフィア。

 

 ◇◇◇

 

「こ、これは一体?」

「あ、あのですね、プレゼント?」


 マリーたちのところに戻って見たら、魚が詰まれて山のようになっていた。

 彼女らは既に筏から降りていて、水着姿のまま魚を前に戸惑っている様子。

 彼女らの様子から自分たちで釣り上げたものじゃないことは明らかだ。

 これってやっぱり――。

 

「サハギン族の女の子が来たりした?」

「わ、分からないです。水の中からここまで魚が投げ込まれたんです! 水の底にモンスターがいるかもと、岸まで戻って来たところなんです」

「なるほど……ありがたく頂こうか」

「サ、サハギン族って?」

「食事の準備をしながら話そう」

「はい!」


 ザザの贈り物に違いない。マリーたちが俺の仲間だと判断してくれたのかな?

 魚を釣っていたから元気になった彼女が水中で捕まえた魚を投げてくれたのだろう。

 先ほど彼女から頂いたほら貝を吹けば、彼女が姿を見せてくれるだろうけどやめておくか。

 魚はありがたく頂くことにするよ。彼女を呼ぶとお礼合戦になりそうだから、今日のところはそっとしておきたい。

 

 料理のために火を起こそうとしたところで、オレンジ色のカブトムシのことを思い出す。

 そういや、オレンジは炉の代わりになるとか言っていたよな。

 炉として使うにしても、巨大なカブトムシに平べったいところってないよね。

 美しいフォルムは曲線を描いており、フライパンを乗せるには難しい。

 そもそも、オレンジ色のカブトムシに触れても熱くないし?

 ここは聞いてみるしかない。

 先にリンゴを齧っていたすみよんの尻尾をむんずと掴む。

 

「何ですかー?」

「オレンジのジャイアントビートルって炉になるだっけ?」

「ジャイアントビートルじゃありませんよお。ファイアビートルです」

「種類が違うから種族名が違うのか」

「そうですよお。ジャイアントビートルと同じです」

「同じと言われても……」


 すみよんがてくてくと歩き、オレンジ色のカブトムシことファイアビートルの腹をパンパンと長い尻尾で叩く。

 その場所はジャイアントビートルのコンテナに当たる部分だった。

 ジャイアントビートルと同じように開く構造になっているのかな?

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