第18話 大怪我でも全快します

 マリーと共に宿を出るなり、血相を変えた冒険者二人が大きく手を振って呼びかけてきた。

 

「どうした?」

「ここの噂を聞いて一縷の望みをかけて急ぎ駆け付けたんだ」

「この様子だと料理じゃなく、怪我人か?」

「毒だ。パイロヒドラが出て。決死の覚悟で撃退したんだが……どうか、グレイとアリサを救ってくれ!」


 冒険者たちは六人パーティらしく、廃村と街の間にあるバーラルの森で探索を行っていたそうだ。

 目的はフォレストビートルの甲殻だった。

 と言うことは彼ら上級ランクのパーティだな。冒険者たちが所属する冒険者ギルドでは個人とパーティにランクが付けられている。

 個人ランクはEとかAとかアルファベットなのだけど、パーティは別表記なんだ。同じ表記にすると間違えるから、だと思う。

 プラチナ、ゴールド、シルバー、カッパー、アイアンの5つだ。プラチナに収まらない一部の規格外はミスリルとなるらしい。

 今のところミスリルのパーティは王国に一つしかないので、考慮する必要はない。

 俺が冒険者時代に所属していたパーティは最初の頃だけシルバーで、後半はカッパーだった。アイアンは初級冒険者パーティですぐにカッパーまで上がるからね。

 それはともかくとして……森林を探索していた彼らは沼地を生息地とするパイロヒドラに出会った。

 パイロヒドラは入念に準備したゴールドクラスのパーティなら何とか撃退することができるくらいと聞く。その毒が有名でどの冒険者もできれば避けたいと思う敵とのこと。

 優秀な回復術師がいれば話は別だが……。俺? 俺は聞くまでも無いだろ。

 毒を喰らうことを顧みずに特攻すれば倒せなくはない、と怪我人を運び込んでいる間に最初に俺へ声をかけてきた冒険者から聞いた。

 ついでに、彼らがゴールドクラスと言うことも。

 

「ゴールドクラスともなれば教会を利用するお金もあるんじゃないのか?」

「街まで行くと間に合わないと判断した。事実もう幾ばくも無い感じだ……」


 悔しそうに顔を歪める冒険者。

 頭と足を抱え上げ運ばれてくる怪我人を見たマリーの顔が蒼白になる。

 全身が濃い紫色に変色していて、右腕を噛まれたのか肘の上辺りが溶けて腐臭を放っていた。

 もう一人の犬耳の少女はくるぶしの上辺りをパイロヒドラの攻撃が掠ったと聞いたが、彼と同じく全身が濃い紫色になり足首が爛れている。

 

「できる限りやってみる。あと、ここは教会じゃなく宿だ。詳しくは看板を見てくれ。急を要するから先に処置をするぞ」

「頼む」


 ギュッと俺の手を握りしめた冒険者は切れ長の目で真っ直ぐ俺を見つめてきた。

 コクリと頷きを返し、患者と向き合う。

 集中。祈り。念じろ。

 

「ヒール」


 包帯と水桶に入った水に対してヒールを付与する。

 マリーに手伝ってもらってまずは水で全身を清め、包帯でグルグル巻にした。

 できうる限り、ヒールを与え続ける場所を増やそうと患者二人に水を飲ませる。

 続いて、桶からドバドバとぬるま湯をかけることにした。損傷が酷い部分と内臓が集中する胴体へ。

 

 漂っていた腐臭がしなくなり、患部に新しい肉が生まれ本来の肌色が見えてきた。

 しかし、爛れて溶けはしなかったもののすぐに紫色へ変色する。

 集中。祈り。念じろ。

 

「ヒール」


 グルグル巻きになっている包帯へ向け再びヒールを。

 水もかけ続け、30分ほど経過した。

 濃い紫色が若干薄くなった気がする。更に患者二人の息遣いが安定してきたぞ。


「よし。このまま風呂場に運んでもらえるか」

「分かった!」


 集中治療用に全身が浸かるくらいの浴槽を用意している。

 シングルベッドくらいのサイズで深さは50センチほどかな。頭の後ろの枕を置けばちょうど全身浴ができる感じだ。

 

 もう男湯とか女湯とか言っていられないので、浴槽を並べ湯を浸す。

 そこへ二人を寝かせて、ヒールをかける。

 

「このまましばらく様子を見よう。二時間……いや三時間くらいか」


 ◇◇◇


「……!」

「大学いも? 甘くておいしい!」


 夜を迎える頃には全身の紫が引き、二人ともすっかり元気になった。

 今ではこうして宿の料理を楽しめるほどになっている。

 男の方はグレイで銀色の長い髪を後ろで結んでいるスラッとしたイケメン。

 感謝の言葉を述べて以降は全然喋らぬ無口な男だった。

 もう一方の女の子はええとアリサだったっけ。彼女も銀色の髪で犬耳と尻尾があることから獣人族だろう。

 彼女はグレイとは対称的によくしゃべる。

 二人とも前衛らしくて、決死の覚悟でパイロヒドラに突っ込み仕留めたんだそうだ。

 しかし、その代償は大きくパイロヒドラの毒でひん死の状態だった。

 これだけ食べられるようになったんだから、もう大丈夫だろ。俺としても6人が宿泊してくれたのだから、悪くない。

 現在三部屋しか使うことが出来ないので、6人泊まれば満室だからね。満員御礼っていい響きだろ?

 もう少しで四部屋体制になる。残り二部屋は俺とマリーの部屋だから、もっとお客さんが集まるようになれば増築するか別の廃屋を改装するかしないとだな。

 これもまた嬉しい悲鳴って奴さ。

 そうなる日を夢見てこれからも頑張るのだ。

 

「本当にこれだけでいいのか?」

「ちゃんと正規の料金を貰ってるからさ。食事の追加もちゃんと貰ってる」


 冒険者たちのリーダーが三度目の確認に俺の下へやって来た。

 その際に自分達のテーブルへ運ぶ料理を持って行ってくれる。

 このリーダーの気配りがあって、パーティが良い感じに保たれているのだろうな。

 彼らが飲み食いしている姿を見るだけでパーティの様子が分かるってもんだ。

 肩を叩き合い、全員で無事だったことを喜び合う。

 6人ともなるとパーティ内で不和が生まれたりするものだが、このパーティに限ってそのような雰囲気は一切感じられなかった。


「ありがとうな!」

「……感謝」

「ありがとう!」


 冒険者たちは思い思いの感謝の気持ちを述べて宿を後にする。

 さあて。小人のストラディにお掃除をお願いするとするか。

 

 階段を登っているところでマリーとごっつんこしそうになる。


「す、すいません! もう遠くまで行っちゃいましたよね?」

「冒険者たちだよな? まだそこまで遠くには行ってないと思うけど……」

「あ、あの。お部屋に」

「部屋が多少汚れていても問題ないよ」

「い、いえ。そうではなく」


 説明しようと口をパクパクさせるマリーだったが、グイっと俺の手を引っ張った。

 見た方が早いってことだよな。

 

「いいんじゃないか。彼らからのささやかなプレゼントだろ」


 彼らの宿泊していた部屋の一室には大型のリュックが置かれていた。

 中を開けてみると、食材がぎっしりと詰まっている。

 彼らとしてはお金以外にも何か感謝の気持ちを示したかったのだろう。中にはメッセージも入っていた。

 

『本当に感謝する。月見草が無ければ二人は死んでいた。今度はうまい飯を食べに来るよ』


 リーダーの字かな。なんだか字からも人柄が出ていて思わず頬が緩む。

 嵐のような人たちだったなあ。今度はゆっくりと宿を楽しんでくれたらいいな。


※こっそりランク表現変えました。

 

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