第137話 ネームド

 銀蛇たちがシャアアアと蛇独特の威嚇音を出し、一斉にドラゴンへにじり寄り牙を突き立て行く。

 銀蛇も大きいがドラゴンに比べると小さく見える。そんな巨体を誇るドラゴン相手にも蛇たちは一切怯んだ様子がなく果敢に攻め立てている。

 銀蛇ことシルバーサーペントは鋭い牙だけでなく牙から分泌する毒も脅威だ。

 しかし、ドラゴンの硬い鱗を鋭い牙で貫通することができなかったようで、ドラゴンはまるで痛がる様子が無い。

 後右脚を振り上げると一体の銀蛇が冗談のように宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 ドラゴンが身をよじると一体、また一体と蛇が振り払われて行く。蛇に食いつかれていた箇所が露わになるが、鱗に傷一つ付いていなかった。

 なんという硬さ。ドラゴンの中では弱い部類に入るであろう赤茶色の鱗を持つ個体でさえ、やはりドラゴンなのだ。

 俺がいくら切りつけようとも赤茶色の鱗に弾かれるだろうな。


 飛ばされようが、振り払われようが銀蛇は怯まない。

 ダメージを受けつつもドラゴンに再び取りついて行く。


「ウララララララ、ウララララ!」


 その時、謳うような野太い声が響き渡る。

 声の主はネームドオブシディアンだった。

 何を言っているのか分からないが、体の奥から力が溢れてくるような、そんな力の籠った勇壮な声……いや、詩なのかもしれない。

 彼はまるでオーケストラの奏者のように短槍を掲げ振り下ろす。

 すると、銀蛇たちの目が赤々と輝きを放ちとたんに動きが良くなった。

 牙が通らぬなら巻き付き、勢いをつけて体当たりをし、何が何でも退けんと攻める。

 傷を負わぬものの勢いに押され一歩後退をするドラゴン。

 いや、後退したのではない「構え」たのか。

 

「すみよん、俺たちも巻き込まれないか……?」

「この位置なら問題ありませーん」

「いやでもほら、退こう」

「仕方ないですねえ」


 何でこうも平気でいられるのだろうか、このワオキツネザルは。

 ドラゴンの腹が膨れ、口元にチラチラと赤い炎と黒い煤が見えないわけはないよな?

 あれはかの有名なドラゴンのブレスを吐く前動作だってば!

 この時に及んでも銀蛇たちは退かず、ドラゴンの足もとをチクチクしている。

 銀蛇といい、すみよんといい、恐怖感が麻痺しているのか?

 驚くべきことがもう一つある。

 それは、今俺が騎乗している緑カブトムシのことだよ。彼は命の危機があるかもしれないこの状況でも身動き一つしないでどっしり構えている。

 生物の本能として逃げ出すよりも、主人の命令を聞くなんて殊勝過ぎるだろ。

 俺がペットなら絶対に逃げ出す。

 だあああ、カブトムシに感心している場合じゃない。

 もうドラゴンは大きく口を開いてしまったぞ。

 

「ウラララララアアア!」


 ひときわ大きな声がして、ネームドオブシディアンが前に出る!

 短槍を振り上げ、体を捻りググググと全身の力を握りしめた短槍に込めている。

 次の瞬間、短槍が放たれ唸りをあげ一直線にドラゴンの鼻先へ飛翔した。

 短槍は吸い込まれるようにドラゴンの口の中へ入り、たまらず口を上にあげたドラゴンの口から炎のブレスが吐き出される。

 うはあ。上を向いていたからいいものの、一直線に吐き出されていたらこの場所も危なかったかもしれないじゃないか!

 何が「問題ありませーん」だよおお。

 問題ありまくりだろ!

 

 俺が心の中で叫んでいる間にドラゴンとネームドオブシディアンたちとのバトルは終わりを告げる。

 ドラゴンが飲み込んだ短槍で口内に傷を負ったのかどうかは分からない。少なくとも血が垂れている様子はなかった。

 だが、ネームドオブシディアンたちの勢いに押されたのかドラゴンがフワリと浮き上がり、その場を去って行く。

 ドラゴンが去ったからか、ネームドオブシディアンたちも引き上げて行ったのだった。

 残されたのは俺たちのみである。

 

「帰ろう……どっと疲れた」

「ニワトリはいいんですかー?」

「この場にもういないし、俺にはジャイアントビートルがいるし……」

「そうですかー、残念でえす」


 そんなこんなでようやく帰路につく俺たちなのであった。

 蛇の群れ? 恐らくネームドオブシディアンたちのことだろうけど、ドラゴンと戯れていただけだし廃村に突っかかってくることはないと思う。

 あれだよあれ、あのネームドオブシディアンは強者に挑むことに快感を覚えるタイプに違いない。

 そんな彼がわざわざ廃村を襲撃してくる、なんてことはまずないだろ。

 徒歩でここから廃村まで行こうとしたら相当時間がかかるしさ。逃げて行ったドラゴンならともかく、徒歩で廃村まで行くとなると場所が分からぬ中辿り着けるとは思えない。

 二つの理由から、特に蛇の群れを警戒する必要はないと判断したのだ。

 

 ◇◇◇

 

「おかえりなさい!」

「何とか間に合ったよ、さっそく料理に取り掛かる」

「はい! やれるところはやっております!」

「ありがとう、助かるよ」

 

 元気よく迎えてくれたマリーに礼を言いつつ、キッチンに向かう。

 戻ってきたら少し遅くなったけどまだレストランの開店には間に合う時間だった。

 お客さんを入れるのはまだ先。しかし、下準備の時間がもう余り残されていない。そんなところである。

 さあて、無心で調理をするぞお。

 ドラゴンのブレスなんて無かった。無かったのだ。俺の記憶からデリートすべし。そのためにも調理に集中する。これだよこれ。

 今日のメニューはもう決まっている。

 新鮮な獲れたて魚介の数々だ。月見草風味でご賞味あれ、なんてな。

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