第136話 オブシディアン

 緑の完全なる隠遁パーフェクトステルスが無ければ平常心を保つことができなかったかもしれない。

 チキンリザードの群れは確かに蛇のカテゴリーに含まれる群れであったが、すみよんが示す蛇の群れではなかった。

 先ほど俺が感じた気配はこの中のどれだろうか?

 あ、あああ。気が遠くなりそうだ。

 なんと、チキンリザードの群れの向こうから白く輝きを放つ鱗を持つ群れが迫ってきている。

 こいつは俺でも知っているぞ。シルバーサーペントと呼ばれる危険度Aランクのモンスターだ。

 パイロヒュドラとインペリアルヒュドラの話って覚えているかな? 一度だけチラリと見て死を覚悟したインペリアルヒュドラはSランクのモンスターで、パイロヒュドラはそれより劣る。

 先ほど感じた気配はかつてインペリアルヒュドラから感じたものと同等だった。

 シルバーサーペントはAランクと聞いているのだけど、実際はもっと強いのか?

 巨大な銀蛇ことシルバーサーペントは全長10メートルほどの蛇だ。直径80センチほどの丸太のような蛇で小さな前脚と翼を持つ。

 前脚と翼は特に脅威ではなく、こいつがシルバーサーペントだと見分けるのに便利なくらいの特徴である。

 パイロヒュドラと並ぶほどの強烈な毒を持ち、非常にタフだと聞く。鋭い牙に噛まれたら一発で胴体が千切れ飛ぶだろうな……。


「すみよん、あれはどうしようもない。廃村からも遠く離れているし、とっとと逃げ……ぐ」


 強烈な気配!

 先ほど俺が感じた気配と同じもので間違いない。

 気配の主はシルバーサーペントではなかった。8体のシルバーサーペントの群れを統率する人型が放つ尋常ではない気配に全身が総毛立ったのだ。

 蛇の頭に人間に似た胴体に両腕。手には短槍を持っていた。

 腰から下は蛇になっていて、武器を持つことから人間と同じくらいの知性も備えているのでは? と推測できる。

 ん、この姿、見たことがあるかもしれない。

 冒険者時代に一度だけだけど、蛇の頭を持つ種族の村の近くまで行ったことがある。

 一体だけ遠目で見たのだが、強烈な気配を放つ蛇頭と体色が異なるな。以前見たものはくすんだ茶色だった。

 こちらはくすんだ青色だ。


「オブシディアンですねー。蛇の一族ですよお」

「オブシディアン? あれが? 蛇頭の種族だよね? あんなとんでもない気配を放っていなかったぞ」


 すみよんがいつものようにのんびりと声を出すが、こちらは気が気じゃない。

 思い出したよ。以前俺が見た蛇頭の種族はオブシディアンと言った。だけど、断じてあの青色個体のような凶悪な雰囲気を持ってはいなかったぞ。

 

「オブシディアンにも色々いますよー、ニンゲンだっていろいろいるのと同じですよ」

「あいつ……ネームドか」

「すみよんにはネームドが何か分からないですー。ニンゲン流の呼び方ですかー?」

「そんなところ、撤収しよう」


 アレがオブシディアンだと言うのなら、ネームド以外にあり得ない。

 ネームドとは種族の中で稀に出て来る超強力な個体のことを指す。

 人間だって個々人で戦闘能力に差があるだろ? 

 戦闘を行うことを生業にしている冒険者だってCランクもいれば、Aランクもいる。

 俺たちが出会うモンスターのランク付けはあくまでその種族の平均値だ。

 モンスターだって冒険者と同じように個体によって強さが異なる。あの青色個体は冒険者にたとえるとSランク冒険者ってところ。

 オブシディアン社会に冒険者がいるかどうかは不明だけどね。

 あんなのに見つかったら大変なことになる。発見された場合、いきなり襲いかかってくるかは半々くらい……だと思う。

 オブシディアンはこちらから攻撃しない限り、近寄りさえしなければ追ってこないし襲い掛かってもこなかった。

 しかし、あの個体がどうかは分からないだろ? 人間と同じで攻撃的な個体もいればそうじゃない個体もいる。


「帰るんですかー?」

「そそ、廃村を狙って襲撃してくることはなさそうだし」


 そう言って肩をすくめると、肩に乗ったすみよんが俺の首に長い縞々尻尾を絡めて「ん」とばかりに首をかしげる。

 つぶらな真ん丸の瞳で見つめられても、撫でたくなるだけだぞ。

 すみよんが一呼吸置く時、とんでもないことを口にすることが多いので撫でたくなる気持ちを抑えグッと身構える。


「すみよん、お友達になりたいのかと思ってました」

「ザザの件があったからか……」

「エリックさんは蜘蛛とも蛇とも仲良くしたいのかとー」

「積極的に関わっていくつもりはないよ」


 ふう、すみよんが蛇の群れを出した理由が平和的な内容で良かった。

 最初からそう言えよ、と突っ込みたいところなのだけど、そこは仕方ない。

 彼とはこういうものだと受け入れるが吉である。

 話がまとまったので、この場を立ち去ってくれるものと待っていたのだけど、中々出発してくれない。

 「すみよん」と声をかけようとしたら上空から耳をつんざく咆哮が響き、思わず両耳を塞ぐ。

 と同時に俺の体を別のプレッシャーが駆け抜ける。

 また強いモンスターかよ、と目を細めた時、ドシンと轟音を立てながら巨体が地面に降り立つ。

 もわもわと土煙があがり、衝撃のものすごさを物語っていた。

 煙が晴れるといつの間にかチキンリザードの姿がきれいさっぱり無くなっている。

 銀色の鱗を輝かせたシルバーサーペントたちが油断なく首をあげ、中央にネームドオブシディアン。

 対峙するは赤茶色の鱗を備えた巨体である。

 この姿は子供でも知っているものだ。有名過ぎるが決して出会いたくないモンスター……ドラゴンの一種であろう。

 ドラゴン、それは子供たちの憧れ。数多くの英雄たちが相対し、時に敗れ、時に打ち倒した存在。

 そんな物語に語られるドラゴンが今俺の目の前に。

 全然心がときめくことはないがね!

 ドラゴンとひとくくりに言っても様々な種類がある。硬い鱗と体に比して小さな翼を持つどっしりとした体躯の個体のことを総じてドラゴンと呼称しているんだ。

 ネームドオブシディアンと対峙するドラゴンは全高10メートルほどの赤茶色の鱗を備えたもので、ドラゴンとしては小さい部類に入るだろう。

 鋭い牙でネームドオブシディアンを威嚇している。

 あのドラゴンはドラゴンの中では弱い部類に入り、魔法も使いそうにない。それでもドラゴンはドラゴンだ。

 硬い鱗と巨体、そして飛行能力に炎のブレスは脅威である。

 思わぬところで怪獣大戦争を観戦することになってしまったようだ……。

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