第135話 状況開始「緑」

 とんだピクニックになったよ。ザザというアクシデントはありつつも、楽しく釣りに食事を楽しむことが出来た。

 ところがどっこい、俺だけ一人延長戦である。いや、俺だけじゃなかった。心強い野生センサーを持つすみよんも一緒だ。

 彼がいなければ延長戦を行うこともなく、ある日突然「蛇の群れ」が廃村に来襲していたかもしれない。

 心配し過ぎだろ、という意見には俺も同意する。しかし、分かっている脅威をそのままにするよりは、調査して様子を確かめる方が「俺の」精神安定状好ましい。

 すみよんから緑の性能を聞いたので状況開始である。


「行きますよお」

「近くなったら完全なる隠遁パーフェクトステルスの発動を頼む」

「お任せでいいですかー?」

「うん、あ、大事なことを聞き忘れた。効果時間ってどれくらいなの?」

「そうですねー。まず、解除したら次に使うまでに少しの時間が必要でーす。解除しなければ夜まで平気ですよ」

「すげええ」


 と感嘆しつつも冒険者が使うステルスのスキルがどれくらいの効果時間なのかとか、魔力を消費するのか、とか知らない。

 この辺はひょっとしたら冒険者が使うステルスと同じようなものなのかも。

 テレーズはスカウト系の職業だったよな? 今度会った時にでもステルスについて聞いてみよう。


 矢のような速度で緑のカブトムシが疾駆する。カサカサとカサカサと。

 馬と走り方がまるでことなるので上下の揺れが殆どない。カブトムシは六本の足を上下左右に動かすが馬や人間の「歩く」動作とことなり体が上下しないのだ。

 加速力が凄いので振り落とされないように注意しなきゃならないけど、正直馬より乗っていて快適なのである。

 上下に動かないという点では車に似ているかも。

 

「ぐううお」

「叫び過ぎでえす」


 そら叫ぶわ! 急に停止するんだもの。何とか振り落とされずに済んだからよかったものの、落ちていたら完全なる隠遁パーフェクトステルスの効果も無くなってしまうだろ。


「もう完全なる隠遁パーフェクトステルスは発動しているのかな?」

「ですよお」

「全然分からん」

「効果が無くなったら言いますよー」


 完全なる隠遁パーフェクトステルスが発動中とのこと。

 いつもながらの軽い雰囲気で喋るすみよんであったが、完全なる隠遁パーフェクトステルスの効果が切れたら非常事態の可能性が高いよな。

 現在、完全なる隠遁パーフェクトステルスが発動中となれば、蛇の群れとやらが近い。

 ステルスの効果が切れ放り出されたら、逃げる手段も隠れる手段も尽きるだろ……。

 分かってる。すみよんに悪意はない。俺の身体能力の見積もりができないだけだ。

 急停止しても肩の上に乗っているすみよんは平気そうだし、もし俺が投げ出されたとしても彼だけは俺から離れ華麗にカブトムシの上に着地することだろう。

 さすがに落ちる俺を引っ張る力は無いと思うからね。


「どの辺に蛇の群れとやらはいるんだ?」

「あっちです。まだ感知できませんかー?」

「俺にはまだだよ」

「そうですかー、向こうもそうでえす。ここでもしエリックさんの姿が見えて、叫んだとしてもまだ大丈夫ですよ」


 ちゃんと考えていてくれていたらしい。

 余裕があるところで停まり、完全なる隠遁パーフェクトステルスを発動させてくれた、のだと思う、たぶん。

 

 ここからは鈍行速度で緑カブトムシが走る。

 と言っても、俺が青カブトムシを動かす時より少し遅いくらいの速度なので十分に速い。

 すみよんが動かすとカブトムシがとんでもなく速く移動するんだよね。俺の場合はぶつからないように運転できる速度かつ、安全マージンを取って走らせているからさ。

 この辺、俺とすみよんの身体能力の差だな。

 しっかし、すみよんはどんだけ遠い距離から蛇の群れを知覚できるんだよ。俺にはまだ感知できねえぞ。

 

「そこです」

「確かに……群れだけど……」


 確かに群れだ。群れがいる。俺たちの姿が消えているからなのか、元からなのかこちらに対する敵意はまるでない。

 姿を現して確かめてみるのもいいかも……だけど、ああ見えて案外凶暴なのかも?

 鶏の頭に二足歩行するタイプの小型爬虫類の体を引っ付けたような姿をしたモンスターが10頭前後の群れを成している。

 鶏の頭といってもそう見えるだけで、トサカや羽毛の作りは別物だ。

 トサカは硬いトゲが変質したもので、羽毛は生えておらず鱗で覆われている。体も全て鱗で覆われているのだけど長い尻尾の先にクジャクのような尾がついていた。

 「蛇の群れ」と聞いていたので拍子抜けだよ。これなら放置しておいてもよかったんじゃないのか……。

 なんかさ、土を突っついてほじくり返しているのがちらほらといるし。

 危険かどうかと問われたら……鶏の頭に似ているといっても、体が大きいので体当たりされると骨の一本、二本は折れそう。

 しかし、俺のセンサーによると彼らの危険度はせいぜい角付きの大型イノシシくらいである。

 

「乗れますよー、乗るの好きなんじゃないですか?」

「嫌いではないけど、ジャイアントビートルがいるし?」

「そうですかー、連れて帰ってもいいですよ」

「う、うーん、初めて見るモンスターだけど名前はなんて言うのかな?」

「チキンリザードです」

「見た目爬虫類ぽいので、やっぱり蛇一族だったんだな」


 リザードとついているので爬虫類系だ。となると、チキンリザードの群れが「蛇の群れ」ってことで良さそうだ。

 チキンリザードだったら万が一廃村近くまでやって来たとしても心配する必要はないだろう。

 結果無駄足だったけど、確認するってことが大事だ。未然に被害を防ぐことって大事なことだからね。

 モンスターは自由に動くが廃村はそうはいかない。最悪、宿を廃棄する選択もあるにはあるけど、せっかくお客さんも来てくれるようになったんだ。

 なるべく、最悪の選択はしたくないよ。

 ……!

 な、何だ、この気配!

 こいつは……不味い。

 突如、背中がゾワリとして、全身に震えが走る。アリアドネと比べれば天と地ほどの差があるものの、この気配でも十分脅威だ。

 少なくとも俺単独だったら全力で逃げる以外の選択はないほどに。

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