第27話 どろぼー

 窓枠にぶら下がるワオ族のすみよんとやらとの問答を打ち切り、ベッドから降りる。

 ん。

 あれ、部屋が妙にスッキリしているような。


「え。ええええ! まさか。すみよんが?」


 所せましと積み上がっていた稲が全て無くなっていて、白米が部屋の隅にまとめられているじゃないか。

 一夜でここまでやってのけるとは、おバカさんな動物と思っていたが考えを改める必要がありそうだ。

 頼んでもいないのに精米までしてくれるとは一体全体どういうことだ?

 この動物が欲しい……。

 しかし、俺の心を完全に裏切るすみよんの一言。

 

「知りませーん。ワタシが来た時には既にそこに白い粒粒がありましたー」

「帰れ!」

「帰りたいのはやまやまですがー。弟子がまだ遊んでいるみたいでえす」

「……弟子。その弟子とやらが精米を?」

「はて?」


 訂正。すみよんは見た目通りおバカさんな動物だった。

 特技は人の言葉を喋ること。はい。終わり。

 

 ドンドンドン。

 扉が激しくたたかれる。

 

「エリックさーん! き、来てくださいいい」

「どうした?」

「キッチンに人がいるんです!」

「あれ。宿泊客はいなかったはずだよな」

「そ、それが」

「すぐ行く」


 白米のことは後回しだ。まずは息を切らせてやって来たマリーと共に階下へ向かう。

 呼んでもないのにすみよんが俺の背中に張り付きついて来た。邪魔なんだけど……振り払うのも時間が惜しくそのままキッチンへ。

 

「うわあ……」


 思わず変な声が出てしまった。

 キッチン台にだらしなく腰かけた赤毛が真っ先に目に映る。

 艶やかな長い赤髪にマリーと同じような獣耳。彼女の場合は猫じゃなく狸だった。

 年の頃は人間なら20台半ばってところか。俺たちが来ても乱れた服を直そうともせず、酒瓶に直接口を付けている。

 これがすみよんの「弟子」なのか? 師匠も師匠なら弟子も弟子だな。どっちもふてぶてし過ぎるだろ。


「その酒瓶……! ちょ。待て!」

「これわあ。わあたしいのらあ」


 抵抗する赤毛の狸耳から酒瓶を引っぺが……そうとしたが両腕で抱きかかえられてしまった。

 その酒瓶。秘蔵の芋焼酎じゃないかよおお。更に半分減っているじゃないか。

 もはやコップ一杯分も残っていない。

 冒険に行くからと飲むのを控えていたんだ。他にも酒が一杯あるというのにピンポイントで芋焼酎を飲むとは酷い。酷すぎる。

 

「マリー。他に被害が無いか確かめてくれ」

「無いです!」


 マリーが即答した。

 理由はすぐに分かったよ。他の酒瓶はマリーが並べてくれたまま全く動いていない。

 別に取って置いた芋焼酎だけに手を付けたことは一目瞭然だ。


「酒を盗みに来た割には酒に弱すぎないか……」

「そんなことはないのらあ。残りも」

「こら。待て。それは俺の楽しみにしていた芋焼酎なんだぞ」

「一緒に飲めばいいのらあ」

 

 と言いつつ狸耳は酒瓶に口を付ける。

 待てや、こらああ!

 キッチン台に腰かける狸耳の覆いかぶさるようにして酒瓶を掴む。

 観念したのかようやく彼女は酒瓶から口を離し……。

 

「う……」


 唐突に彼女に口付けをされ、彼女の口の中に入っていた液体が流し込まれた。


「あははは。ほらあ。ちゃんとお。一緒お」

「うめえ。……じゃなくてだな! とにかくその酒瓶を渡せ」

「いやらあ。まだ残ってるもおん」

「マリー。手伝……」


 ダメだ。マリーは口付けシーンを見てしまった衝撃であわあわして固まってしまっている。

 こいつを何とかするには酒が抜けるまで待つか……あ。いたじゃないか。師匠とかいう変な動物が。

 師匠も師匠なら、弟子も弟子だな(本日二度目)。


「おい。すみよん。この酔っ払いは弟子なんだよな?」

「そうでえす。困った弟子なんでーす」

「俺がもっと困ってるわ! 何とかしてくれよ!」

「そのうち元に戻りまーす」

「酒瓶を持ってる限り戻らねえだろ!」

「仕方ないですねー。すみよんに任せてくださーい。これは貸しですよ」

「ふざけんなあああ! 勝手に盗みに来て、貸しもクソもあるか!」

「そんな態度でいいんですかー。すみよん、ぼーっとしますー」

「ち、ちくしょう! 俺がやる。俺が!」


 ワオキツネザルに頼んだ俺がバカだった。

 再度、狸耳ににじり寄り、酒瓶に狙いをつける。

 すると、彼女がとんでもないことを言い始めた。

 

「わあたしいのお酒を取ろうというならああ。ポロンするう」

「……この酔っ払いが……分かった。その残り、一緒に飲もう。もうそれしかない」

「仕方ないなあ」

「今度は俺から口移しするから、瓶は手に持ったままでいい。俺の口に瓶を」

「うんー。いいよおお」


 ゴクゴク。

 うめええ。念願の芋焼酎をやっと普通に飲むことが出来た。

 もちろん。口移しなんてするわけない。せっかくの芋焼酎を誰がやるものか。

 全て俺の胃の中に納めてやった。朝起きてすぐに酒を直接流し込んだので、胃が熱い。

 朝っぱらから飲むのも悪くないな。

 この程度じゃ酔いも回らないのはよいのだが、もっと飲みたくなってしまう。

 いかんいかん。今日は今日で仕込みやらしなきゃなんないのに。


「あああ。いーけないんだああ。約束を破ったらあ」

「これは俺の酒だからな。その点分かってるのか……この盗人め」

「わたしいが見つけたんだもおん。魔法を使ってえ」

「無駄に性能が高い魔法だな……」

「あはははは。とうぜえん。とううぜええん。だってえ。わたしいは赤の魔導士と呼ばれているんだからあ」

「赤の魔導士……マジかよ。この酔っ払いのセクハラ娘が……」

「ひどおおいい」


 こんな変態が赤の魔導士なんて、世の中どうかしている。

 王国では伝説級の魔法使いとして噂される魔法使いが三人いるんだ。

 星屑の導師、湖の賢者、そして赤の魔導士。

 三者とも一時期冒険者として在籍していたことがあり、その頃に類まれな実力から二つ名で呼ばれるようになった。

 底辺冒険者の俺からすればSSクラスの実力を持つ魔法使いなんて雲の上どころじゃない。

 冒険者を辞めた今となっては憧れも何もないが……いくらなんでもこれが赤の魔導士なんて酷すぎる。

 噂をするのは星屑の導師と湖の賢者だけにしてもらえるか?

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