第157話 アリだあああ
崩れることを懸念していたものの、何事もなく洞穴を進む。
途中で道が分かれているところがあったが、テレーズにお任せで選択し突き当りまで進んでみてから戻って別の道へ行くことにした。
しらみつぶしに全部の道を調べて行こうという腹なのだけど、時間が来れば帰路につくことは変わっていない。
行けるところまで行って、調査しきれなければまた後日ってやつだね。
散歩感覚だし、これくらいがちょうどいい。散歩とはいえモンスターと遭遇する可能性があるから油断禁物……。
といっても、この世界は街道を歩いていてもモンスターに遭遇するし、街の外に出ると完全に安全なところなんぞないのだ。
日本と比べたらなんてデンジャラスな世界なのだろう、と思ったりもしたけど、人間は慣れるものである。
今ではすっかりモンスターを警戒して当たり前になってる自分が怖い。もし、今の状態で日本に戻ったら電車にも乗れないかもしれない。
だってあれほど人が多いところだとモンスターの気配を捉えるのはとても困難だぞ。
空から飛竜が襲って来ても気が付かないかもしれん。恐ろしくて乗ることなんて無理だって。飛行機も絶対にダメ。
……俺もう日本人に戻っても生活できなさそう……。
変なことを考えて暗くなったり達観したりしている間にも歩みは進む。
「これ……」
テレーズの声で今度は俺も異変にすぐ気が付く。
洞穴の壁が溶けているようになっている。天井も同じ。地面はどうだ?
さらさらした砂が降り積もっている。細かい砂は僅かな風でも浮き上がるし、虫にでも付着して運ばれてくるものだものな。
きっとこの砂の下には……。地面を指先で撫でてみる。
「やはり、同じか」
砂の下は溶けて固まったような岩肌となっていた。
う、うーむ。
悩む俺に対しライザとゴンザの視線が向く。前の二人は警戒の方を優先し意識を物音の方に集中させていた。
普段お気楽のテレーズも仕事をする時は厳しい顔で警戒に当たる。
これも日本での経験になるのだけど、ONOFFの落差が激しい人ほど仕事ができるイメージがあるんだよね。
今は警戒する理由がある。だから、二人とも会話に参加することはしない。
彼女らが警戒してくれて安全を確保している間に俺たちは方針を決める。こういったこともパーティプレイならではってやつだ。
「ライザとゴンザはどっちだと思う?」
「んー。俺はモンスターじゃねえかなと思う」
「私もだ」
二人とも溶けたような壁や地面について見解が同じか。
俺も彼らと同じ意見だよ。
自然現象だとしたら、溶けたような壁になるにはマグマの熱とか硫酸みたいなものが流れたとかその辺である。
マグマの熱にしては時間経過が少なすぎるし、硫酸だとこのような広い空間を作ることはないかな。
となれば、生物由来の魔法か特殊能力であろうと推測する。
「俺の予想だけど、巣を作るタイプのモンスターじゃないかな?」
「だろうなあ。だが、単独か群体なのかまではまだ何とも言えねえなあ」
俺とゴンザの意見にライザも頷く。
俺たちの意見を受けた彼女は眉をひそめ続ける。
「エリックに任せる。私たちは進むも戻るもどちらでもいい」
「正直、迷ってる……。奥にいるのがもし単独だったら寝た子を起こすことにならないかなってさ」
「私たちを侵入者と判断し、執拗に追いかけて来る可能性があるな」
「んで、実際のところどうなんだ? 行きてえんだろ?」
ライザの言葉に被せるようにゴンザが口を挟む。
もし奥にいる存在が単独だった場合、脅威度が跳ね上がる。
単独でここまでの洞窟を作ることができるとなると、相当な力を持っているはず。
群体なら個々の力がそこまでではないが、一斉に襲い掛かってこられたら数の力で押し切られる。
だが、群体の場合は彼らの縄張りから出たら追いかけてこないだろう。
「みんなを危険に晒してしまうかもしれないけど、進みたい」
「俺たちに気を遣わねえでいいって言ってんだろ。ここから廃村までは近い。見ておいた方がいいって」
ゴンザの言う通りだ。いずれ脅威になるかもしれない場所を放置しておくことにはモヤモヤする。
「ありがとう。テレーズ、ザルマン。気配を感じたら数も教えて欲しい」
後ろから声をかけた形になったが、テレーズは右腕を上にあげて、ザルマンは後ろに向けて親指を立て「任せろ」と返事をする。
意を決し、進み始めた。
◇◇◇
「アリだーーー」
「突然どうした?」
ライザに突っ込まれ、頬が熱くなりながらもボソボソと応じる。
だってよお、数十メートル先にアリに似たモンスターが数体いるんだもん。
アリに似たといってもアリをそのまま大きくしたような形ではない。顔はアリそのもので、アリと同じく3つの節に胴体が分かれている。
頭、胸、腹だっけか。だが、胸にあたる部分から体が突き出て両手のようなものがありアリの頭が乗っかっている。
うまく表現できていないかもしれない……。
「いや、様式美ってやつで……」
「よく分からんが、確かにアリに似たモンスターだな。あれはゾレンの雑兵クラスで間違いない」
「ゾレンウォーリアーだっけ」
「そうだ」
ゾレンウォーリアーたちは道を広げるのにご執心らしく、俺たちに向かってくる様子がなかった。
彼らは口から何かを吐き出して土を溶かし、道を作っている。
「特に俺たちに対して敵意はなさそうだよな」
「人間は餌の対象じゃねえってことだろうよ」
俺の独り言のような呟きに対しゴンザが肩を竦めた。
髭をこすりながら眺める彼の視線の先はもちろんアリたちである。
「それなら放置でもいいか……いや、悩ましいな」
「廃村の下まで掘り進めてくるかもってか?」
「さすがに距離がありすぎるよな?」
「んだなあ」
このまま放置して帰るかと思ったら、キーキーとガラスを引っ掻いたような音が響き渡る。
こ、これ、マズい展開なんじゃ……。
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