第25話 ピーヒョロロー

 使っていない客室……ではなく俺の自室へ入った。

 天井を見上げ、壁をトントンと叩いてから呼びかける。


「いつもと違う時間にごめん。もし出てこれたら来て欲しいんだ。相談したいことがあって」


 見上げたまましばし時間が過ぎた。

 天井裏がゴソゴソと動き、アメリカンショートヘアのような白黒のマーブル柄の猫がストンと降りて来た。

 この猫の名前は見た目まんまマーブルと言うマリーの飼い猫のうちの一匹だ。

 猫の背に乗るのは三角帽子を被った小人ストラディであった。

 

「いい香りに惹かれて来てしまったよ」

「差し入れだよ。いつも掃除をしてくれてありがとう」

「礼には及ばない。ケットを借りているからね。どうしたんだい? こんな時間に?」

「実は一つお願いしたいことがあってさ。ストラディならひょっとしたら、と思って」

 

 そう前置きしてダンジョンの泉に生息していた亀たちのことを彼に伝える。

 対する彼は「ふむ」と顎に手をやり何やら浮かんだ様子。


「亀の群生地かい。彼らがケットと同じように言葉が通じるかは行ってみなければ分からない」

「背中に生えた稲に触れようとしたら怒って一斉に追いかけてきてさ」

「武器を持って寄っていったのではないかな? どのような動物でも自分が狩られるとなれば必死で抵抗するものさ」

「確かに言われてみれば……そうだ。ナイフで稲を刈り取ろうとしていたから」

「役に立てるかは分からないが、見てみるだけなら協力しよう」

「本当に! ありがとう! 身の安全は保障する。頼りになる冒険者たちに同行してもらうように依頼するから」

「いつ行くのか言ってくれたまえ。同行させてもらうよ」


 パチリと片目を閉じるストラディに「うんうん」と激しく首を上下に振った。

 よおし、よおし。一歩前進だ。待っていろ。俺の米たちよ。

 どうにかなるのかは分からないけど、試す手段があるのと無いのとでは大違いだ。

 

 ◇◇◇

 

 思い立ったが吉日というじゃないか。

 その言葉通り、まだ一階で飲んでいたゴンザらに話を持って行った。

 そして昨日のメンバーにストラディとニャオーを加えたパーティでダンジョンに向かったんだ。

 二日連続でダンジョンに向かうことになるなんて冒険者を辞めた時には思いもしなかったよ。

 

 猫にのった小人がちょこちょことついて来ている姿に頬が緩むのは俺だけじゃないはず。

 テレーズだけじゃなく、ライザまでチラリと見ては笑みを隠しきれていない。

 スキンヘッドと髭もじゃはさすがおっさんの貫禄で、いつも通りである。

 テレーズにはしっかりしてもらわないと、モンスターに奇襲されたらたまったもんじゃないんだけど……。

 

 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 無事、くだんの天井がぽっかりと開いた亀がひしめく泉に到着した。


「どうかな?」


 今度は亀たちを刺激しないように米が積み上がっている辺りより近寄らず、ストラディに声をかけた。

 対する彼は懐から小さな小さなフルートを取り出し口につける。

 

 ピーヒョロロー。

 お、思っていたのと違う音色にこけそうになった。

 小人が奏でる音楽なのだから、もっと、こう、さ。

 ピーヒョロロー。

 俺の想いなど知る由もないストラディが再度笛を吹き鳴らす。

 

「ふむ。ケットのように言葉を交わすことはできないものの、訴えかけている感情の色くらいなら分かる。今はこちらに敵意が無いことを示したんだよ」

「そ、そうなんだ。それで、敵意が無いと伝わった?」

「もちろんだとも。彼らは少し困っているみたいだね」

「困っている?」

「『痒い』のだそうだよ。だから。ほら。そこに擦り付けた跡があるだろう」


 擦り付けた……とは。

 ストラディが指すのは米が積み重なった場所だった。

 あ。そういうことか。後ろの岩がいい感じに出っ張っていて亀の甲羅から伸びる穂先に丁度いい高さってわけか。

 それであの場所にだけ米があった。

 言われてみれば納得である。

 

「もし分かれば教えて欲しい。痒くなるのは背中に生えた稲なのか、それとも米……粒の部分だけなのか?」

「粒状の部分みたいだね。茎は勝手に生えてくるそうだが、特に無くても困らないみたいだね」

「じゃあ。俺たちが茎半ばから穂を刈り取れば痒くなくなるんじゃないかな?」

「伝えてみよう」


 ニャオーから降りてトコトコと亀に向かうストラディに慌ててゴンザとザルマンが護衛につく。

 亀に襲われてストラディが丸のみされちゃったら事だからな。ナイスアシストだ。

 

 心配するおっさんずに対し小人は涼やかなものだった。

 淀みなく進み、水辺に足をつけようかというところで立ち止まる。

 声を発していないが何やらやり取りをしているのだろう。

 しばらく待っていたら、話がまとまった様子で亀一匹が水辺から出てきた。

 

「許可が出たよ。エリック。君だけこちらに。他の者は少し離れてもらえるか」

「分かった」


 言われた通りにゴンザとザルマンと俺が入れ替わる。

 亀たちが手のひらを返して襲い掛かって来ることも予想されたが、前回の経験から彼らの足は俺たちが駆けるより遅い。

 いざとなればストラディを拾って全力疾走したら逃げ切れる。

 それに前に出ている亀は一匹だけだ。

 

「稲を刈るにしても、ナイフを出しても大丈夫なのかな?」

「他の武器は地面に置いてもらえるか。ナイフを彼に見せてから始めてもらえれば大丈夫だ」


 よっし。

 じゃあ。失礼して……。

 ソードブレイカーと弓を地面に置いて、一番小さな採集用のナイフを握る。

 これだよ、と亀に見せてからゆっくりとした動作で稲の茎に手をやる。

 ナイフの刃を茎に当てすっと刃を通した。


「大丈夫そうかな?」

「問題ない、みたいだね」

「じゃあ。全部刈るよ」


 そんなわけで、前に出てきた亀の背にある稲を全部刈り取る。


「感謝を示しているね。他の亀たちも稲を刈ることを希望しているみたいだね」

「分かった。手分けしてやってもいいかな?」


 頷くストラディの姿を確認し、右手をあげ他のみんなを呼ぶ。

 大豊作だ!

 米が手に入った。ストラディの情報によると、刈ったとしても一定期間が経過するとまた稲が甲羅に生えてくるんだってさ。

 何と言う永久機関。俺の分だけでもと邪な事を考えていたが、民宿でも米が提供できそうだ。

 何より米があれば調味料にも酒の原料としても使える。

 広がる夢にニヤニヤが止まらない。

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