周囲の企みに気づく【女神】の物語。

 私は次の「清らかな魂」の持ち主を見出した。「マリー・シャトワール・リュパン」。勇者の婚約者か⋯⋯。危険に晒されることはまず考えられない。犯罪や戦争で魂の回収は難しい。病気になろうとも治療師の家系、まずは天寿を全うしそうだ。魔王討伐にでもかこつけてみるか。さて、現在地球テラに魔王なんかいただろうか?


 いた。高山奏。「旋律の勇者」の二つ名を持っていたがマーヤを救出するために「戦慄の魔王」の力を引き継いだ男。あの時点でマーヤの魂を回収できれば面倒な作業が一つ減ったと言うのに、やつのせいで手間取ってしまった。元の世界に舞い戻っていたのか。


 そう言えばやつはトニーの同僚であったな。私はマリーの魂の回収をトニーに依頼することにした。トニーは魔法具を取り引きする錬成術師の一人であり私のところにもよく出入りしていたのだ。しかし彼は眉をひそめる。


「奏はかつての仲間です。私をぶつけるとはあまり良い趣味ではありませんね。」

しかし、勇者と魔王の力を併せ持つ者を退治させるためには、現存する勇者の血筋の者たちだけでは相手にもならない。せめて導いてやる者たちが必要だ。私は彼へ提示する報酬を惜しまなかった。


トニーは不承不承ふしょうぶしょう依頼を受けた。

御柱みはしら様。あまり欲をかかぬことです。人の魂とて玩具とは違うのですから。ところでなぜ御柱様は『無垢なる魂』を持つ者だけの世界を作ろうとお考えなのですか?勇者には不向きな者たちでしょうに。」


 それを話す気はない。そう言うと彼は慇懃いんぎんな礼をすると去って行った。


 確かに「無垢なる魂」を持つ者に英雄はいない。勇者を正しく育てるための母体であることが多い。心身を育む両親であったり、技術や志を授ける教師であったり、慰めと勇気を与える聖職者であったり。勇者がそびえ立つ大樹であれば、彼らはそれが根を張る大地に過ぎない。


 と言うのも彼らは無垢であるために必要以上に我欲を張らず、野心に乏しい。あくまでも受け身なのだ。だからこそ転生前に災害でも犯罪でも戦争でも最初の被害者になってしまう。


 私は思ったのだ。このような者たちだけの世界があれば争いも犯罪もない清浄で平穏なものとなるはずなのだ。彼らもきっと生き易いに違いない。


 しかし私は思い出した。あの忌々しい時空の魔女の提言を。

「この世界の人々は疲れ切っています。良い人間として振る舞うことに。みんなが善人になると悪の基準、つまり住人に要求される基準はより高くなります。ちょっとしたことでさえ大きなストレスになります。


 私の世界を治める神は人間を一人残らず罪人にするためにこう言いました。『他人の持つものを羨んではならない』。これを罪に認定する意味が分かりますか?この世界には罪人しかいない。だからこそ我に依存せよ、と言うことです。そんな世界に救済はありません。」


 私には理解できない。自分を罪人と認めるからこそ私に全面的に服従すべき理由になるのだ。自分を律することが不可能なら私に全面的に服すればいいのだ。そうすれば問題は何一つ起きないのだ。 


  そして無事にマリーの魂は回収できた。報酬を受け取ったトニーは去り際に言った。

「貴女の言う『無垢』ってのは考えることをやめてんだと思いますね。それはただの停滞じゃないですかね。俺は自分で歩きたい。漂うのはごめんですよ。たまにはいいですけど一生はごめんですね。」


 彼の言葉の意味を知ったのはその後のことだ。トニーが裏切っていたのだ。彼は他の神の依頼を受け私の世界に介入するための準備をしていたのだ。


 そう最初から私を罠にかけようとした神々がいる。私は慌てて私の世界の座標を知る例の魔女を別の異世界の神に預かってもらった。しっかりと幽閉したが、ほかの神によって派遣された冒険者に奪還されてしまう。


 やつらは私の世界を狙っている。だから守らねばならない。私の清浄なる世界。清く正しく美しい私の秘密の花園を。

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