美と女性を愛する【巨匠】の記憶。楔の魔法。

 俺が魔都オデッサにある奏の城を訪れたのは一度だけだった。俺は奏の後ろにコーデルグラキウスがしているのを見て驚いた。おい、四天王の封印を解いちまったのか?


 魔王に仕える四天王はもう二度と戦いたくない程強かった。戦いでくだした後、健介のチートレベルの結界封印魔法で厳重に封印して置いたのだ。


「ああ。でも心配は要らない。彼は今や楔名けつめいの契りを交わした俺の忠実なる眷族だ。魔族たちもきちんと組織してやらないとかえって人間に迷惑をかける。その点、四天王の統率力はとても役に立ってくれている。」


楔名か⋯⋯。くさびというのは三角形をした道具で、隙間に打ち込んで物を割ったり、物と物を離れないように圧迫するという二律背反にりつはいはんな役割を持つ。


 同じように魔王に与えられた楔名によって魔族は自分の同族から離れ、魔王との間に強力な主従の結び付きを持つのだ。魔王と魔族の絆の魔法というべきか。


 奏の城内では魔族や魔物たちが人の形を取り、制服を着て甲斐甲斐しく働いている。楔名をもらうことで人間の姿を取ることができるのだ。その眼は誇りと喜びで輝き、まるで日本人の労働者のようであった。いや、日本人として生まれた奏がそうさせたのだろう。感心する俺に奏は否定する。


 「それは違うね。あの四天王たちがそれぞれに俺の意図を汲んでやってくれている。俺の仕事は指針を示して、できたら良くやったgood jobと言うだけの簡単な仕事さ。俺たちはファミリーだからね。」


 俺は羨ましいと思った。結局のところ、危機が去った宮廷には嫉妬と虚飾と権力闘争しか残っていない。俺が嫌になった元の世界の悪のエッセンスしかないのだ。俺が旅を愛し、奏がスローライフを好む所以だろう。そこに割烹着姿のマーヤが入ってくる。


 「トニー、久しぶりに私の料理、食べて行ってね。」

マーヤ、相変わらず可愛いらしい。奥方自ら料理するの?マーヤは笑顔で首を横に振る。

「いつもは料理長のムッシュさんにお任せしてるの。久しぶりだから緊張しちゃうな。何かたべたいものある?」


 そうだなぁ。できればこの街の名物でも。しかし、四天王と整備された魔王軍。これだけの力があれば、天下も狙えるんじゃないのか?意地悪な質問に奏は笑った。俺がここに来た本来の目的、王の命による奏の身辺調査に気づいたのだろう。


「俺はこれ以上は望まないよ。愛するひとと、仲間たちに囲まれて、そして、君のように友が時折訪ねて来てくれる。それで十分だろ。もし、刺激が欲しければ、次は船で別の大陸を目指すのはありだな。トニーもどうよ?まだ見ぬ美女を目指す旅なんてのは?」


 いや、船旅の途中が奏とマーヤそして健介とエリスのカップル2組に挟まれたいほどドMじゃないんでね。こちらからハーレム要員を連れながらならありかもな。

「奏には私がいるでしょ。」

「美女探し」の言葉を聞きとがめたマーヤが抗議する。奏は慌てて釈明する。

「いや、それはトニーの旅の目的だから。」


 あの時の四天王が今度はこの地で勇者たちと対峙たいじする。力を純粋に量れば流石の四天王もやや分がわるいはずだ。


  

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