島国に来た【賢者】の物語。俺たちに足りないもの。

 新装備の初の実戦投入。まずは魔王に仕える4人の魔族。俗に四天王と呼ばれている連中だ。いきなり魔王に当たるよりはよほどいい。


 「ほう、結界師は別か?」

敵執事が嫌味を言う。敵の動きは互い同士の考えがわかっているかのようだ。竜人剣士が遮二無二突っ込んでくる。俺が魔法で牽制するがその鎧のような皮膚、いや鱗がそれを通さない。トニーからデータをもらっていなければ容易に突破されたかもしれない。俺は前へ出て杖でさらに防ぐ。何というパワーだ。


 今度は魔女が雨あられのように岩石を降らせてくる。執事が闇魔法で視界を塞ごうとする。そこからメイド長が突出して長刀を振るう。これだけ強いのに、なぜかつての魔王に敗れたのか不思議なくらいだ。


 でも、こちらにも新兵器がある。ステラの放った魔弾だ。炸裂すると魔族の動きが鈍る。風魔法と土属系の重力魔法の合わせ技だ。すかさずクロエが突破口をこじ開ける。


 徐々に俺たちが押して来た。いける、いけるぞ!これなら勝てる。そう思った瞬間だった。


 空間がねじ曲がった?突然、俺の前に俺が現れ、びっくりした俺は詠唱をとちってしまった。

「何があった?」

皆、一瞬目眩を起こしたようだ。ステラが尻餅をついた。

「あれれ。なんか変だよぅ。」


 異変の正体は明らかだった。魔王がまさに「降臨」したのだ。

「おーい、大丈夫かー?」

ジャージ姿の魔王。そしてその前に広げられた魔導器ベーゼンドルファー。魔王は四天王を背に、俺たちとの間に割り込んだのだ。


「魔王め、この期に及んで助勢とは卑怯な!」

出鼻を挫かれたリアムが非難と抗議の声を上げる。俺は怒るよりも魔王の魔法に興味があった。これは一般人にしか効かない特殊魔法ではない。


「すまんな。こいつらは俺の大事な家族でね。楔名にかけて見捨てられないんだよ。」

 魔王はすました顔で言い放つと鍵盤に指を滑らせる。奏でられた曲はベートーヴェンの「熱情」。


 弱っていたはずの敵がスッと立ち上がった。補助魔法ブースターか。みるみるうちに敵のスピードとパワーが増す。これが魔王の持つもう一つの顔、勇者としての魔法だ。トニーのデータ通りだ。感心している場合ではない。今度はこちらが押し込まれて来た。


 「はい、それまで。」

今度はトニーが俺たちを背に間に入った。彼は大剣を抜くと恐ろしいスピードとパワーで振るわれる竜人の剣を易々と受け切った。


 魔王も演奏を止めると、四天王たちは魔王の後ろに退がった。夜明けごろから始まった戦闘だったが、いつしか陽も高くなり夏の日差しが強まっていた。緊張で忘れていた蒸し暑さが一気に背中に汗を噴き出させる。


「なぜ止める?俺たちはもう少しで勝てた!」

リアムが唇を噛んで負け惜しみを言う。

「戻るぞ。昼飯を食ったら訓練再開だ。」

トニーは我感せず宿舎の方へ戻っていく。振り返って俺たちの悔しそうな顔を見ると言った。


「いいか?あいつらがかつての俺たちと本気ガチでやりあった時、人のなりをしてなかったんだよ。今日は行儀良く人の形をとって鎧を着てってたんだ。察しろよ。」


 そう。俺たちは手加減をされていたのだ。魔王どころか手下たちにさえも。夏休みの課題は明らかだった。この世界で生まれ育った俺たちにはチート能力がない。それをカバーするために何が必要か。魔道具が互角な以上、不足がどこにあるかは明らかだからだ。


 自尊心を打ち砕かれ、激情にわななくリアムの握られた拳がそれを代弁していた。



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