ハロウィンに行きたい【聖女】の物語。

「えー、かわいくなーい。」

 リアムが用意したコスチュームにステラが文句をつける。

「もっと『アリス』っぽいのがいい。」

文句を言うな。敵の本拠地に潜入するのに顔を露出してどうする?ゴスロリなんてもっての他だ。


 リアムが用意したのはアメコミカートゥーン風のもので、マントとマスクが付いていた。魔王の屋敷はかなりマスメディアも入るようで、我々があまり目立たぬようにとの配慮だ。綺麗な顔立ちの二人はいるだけで目立つだろうしマリーのプロポーションではマント無しではやはり人目をきつける。


「ステラ、着てみるとこれはこれで素敵ですよ。」

ほら、マリーもああ言っているんだ。大人しくこれを着ろ。着ないと私とマリーだけで出かけることになるが?ステラは頬を膨らませつつも観念したように着替え始めた。


 ようやく用意が整う。女性の支度は長いと殿方には不評だが、必要最小限ですらこれなのだ。リムジンでタクシー乗降エリアまで送ってもらう。


 そこから魔王の屋敷まではすでに行列が続くレベルの混み合いだった。日本でハロウィンが定着してからまだ間も無いというのにかなり賑わいだ。みな思い思いの衣裳を着て楽しそうだ。


 ステラとマリーは迷うことなくスタスタと歩みを進める。方向は大丈夫なのか?

「うん。だって妖精さんがこっちだって。」

残念ながら私には普段の妖精の姿は見えない。魔王が使役する妖精のように明確に攻撃の意思を表さない限り魔法を使える私にさえ見えないのだ。


 結界が張り巡らされた門を過ぎるとそこは「魔界」だった。両側には獣人たちが露店を開いていたのだ。

「すごいリアルなコスプレ!」

女の子たちが兎の頭をした獣人に嬌声を上げる。


 ⋯⋯それはコスプレではない。私が呟くと近くにいた女性が驚いたようにこちらを見る。その女性は私と同じ白人コーカソイドだ。

「あなた、魔力があるわね?」


 私が身構えると彼女は笑って攻撃の意思が無いことを示す。そして言語を英語に変える。きっと彼女の母語なのだろう。アメリカの南部訛りがきつい。

「私はエリス。奏の元仲間パーティメンバーよ。あなたたちは例の勇者パーティの子たちね。私はあなたたちとも奏とも敵対するつもりはないわ。良かったら案内させて。」


 彼女は今、異世界で獣人族や魔獣の保護活動をしているのだと言う。魔法の力がこもった角や牙を持つもの。美しい毛並みを持つもの。美味しい肉が取れるもの。そんな魔獣が狙われるのだ。それらの生息地は魔王が治める国にあるのだという。そこは全面密猟者は人間や、人間に取り引きのある魔人たちなのだ。


 それらの中でもとりわけ狙われているのが⋯⋯。

「かわいい!」

 ステラとマリーが声を上げた。その視線の先にはふわふわな魔獣の赤ちゃんなのだろうか、可愛らしい動物たちが柵のなかにいるのだ。

「かわいいでしょう?」


 柵の周りには厳つい獣人たちが厳重に警備をしている。それがまたハロウィン感を見事にかもし出していた。これはかわいい。大型のネコくらいの大きさだが地球のライオンや熊の子供みたいにも見える。愛らしく媚びるように手足をジタバタ動かしながらねころがっていたり、寄って来て甘える仕草を見せる。高い声で鳴くとこちらの母性がくすぐられる。そう言えば「草食」と聞いていたのだが?


「草食よ⋯⋯。というかアストリアでは『肉の成る木』があるから。」

エリスさんによるとタンパク質やアミノ酸が豊富に含有された豆植物が自生しており、それを魔獣は食糧にしているのだそうだ。


 「これを『豆乳』にすれば赤ちゃんにも与えられるのよ。クロエ、上げて見る?」

 私はライオン(に似た魔獣)の赤ちゃんを抱かせられるとさらに哺乳瓶を渡される。豆乳と言ってもコーヒー色をしており少し生臭いかも。恐る恐る赤ちゃんにくわえさせると夢中になって吸い付いてくる。


「あ、奏!友だちが来てるよ!」

エリスさんが魔王に手を振る。⋯⋯しまった。つい忘れていた。

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