可憐なスパイにうろたえる【俺】の物語。


エリスの後ろにいた少女たちに俺は驚いた。

クロエ・ミューロン、そしてステラ・リュパン。あとはリアムのメイドさんか。


「友だちじゃない。」

クロエと俺の声がかぶる。


「やだ、照れちゃって。もしかして二人ともツンデレ?」

エリスがあおりたいのかそれともなだめたいのか。


 俺の場合は先ほどの都知事のオエーコスプレでぶち切れていた分、今回の遭遇エンカウントは驚く程冷静でいられた。いわゆる「賢者モード」。

 クロエの場合は魔獣の赤ちゃんに癒されまくって俺に対する敵意ボルテージが上がりきらないのだろう。


「奏、今日は偵察に来たよぅ。」

ステラが狼人間ウエアウルフの幼児を抱き上げていた。メイドさんは俺とクロエの冷ややかな視線の交錯におろおろしている。


 偵察か。どうかな?故郷おくにのハロウィンとはだいぶ違うだろう?

そう俺がイキったところでメイドさんがか細い声で悲鳴を上げる。

 かわいい魔獣の赤ちゃんや子どもたちが彼女に群がっていたのだ。


「あぁ、マリー、ずるいですぅ。ステラも混ぜてです。」

そこにステラがモフりに入ろうとする。違うぞステラ、彼女は本気で困ってる。そこですぐにエリスが割ってはいった。


 メイドさんの服は魔獣の赤ちゃんたちのよだれでベタベタになっていた。

「ごめんなさい。子どもたちが。」

平謝りするエリス。俺は真綾に彼女を屋敷のシャワールームに案内し、着替えを提供するようにと頼んだ。

「どういうつもりだ?」

クロエが俺に疑いの目を向ける。いや、粗相したのはうちの魔族だし偵察に来たというなら屋敷に侵入できた方が成功だろ、そう言うとクロエも当然のように彼女に付き添って行った。


「マーヤを思い出すね。」

エリスがボソッと呟く。マーヤもよく同じような目に遭っていたのだ。魔王城に入った当初、彼女は託児所の手伝いを買って出ていたのだが子どもたちに懐かれ過ぎて仕事にならなくなってしまったのだ。


「赤ちゃんはなんでも口で確かめるのだから、仕方ないわ。」

よくそんな事を言いながらあちこちベトベトになって帰って来てたっけ。


「マリーは妖精さん仲間なの。昔から一族のなかで私とマリーだけが妖精さんが見えたんだぁ。私の方が魔力が高かったから私が聖女に選ばれたけど、『魂の白さ』はマリーの方が上なの。」

そうステラが得意そうに言った。へえ、セレブの娘さんなのにリアムのメイドさんなんだ?


 「違うよ。マリーはリアムの婚約者フィアンセだよ。今、花嫁修行中なの。二人に赤ちゃんが出来るとね、リアムよりもっとすごい勇者になるかもなの。」

 俺はちょっと良心に呵責かしゃくを感じながらもステラから彼女の個人情報うわさを引き出すことにした。まあ、クロエに屋敷への侵入を許したのだから等価交換だろう。


 聞けば聞くほどマーヤに似た感じの娘だ。顔貌かおかたちではなく魂にあるものがだ。もし彼女が幼女だったら、彼女こそマーヤの転生した姿だと言われたら信じてしまえるくらいに。


 「うわぁ!」

今度はステラが素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。チビたちは今度はステラを標的に選んだようだ。そうか。この娘も妖精が見えるくらいに魂が綺麗なんだ。


「あれぇ。マリーがいるから安心してたから油断したですぅ。」

 自分より蚊に刺されやすいメンバーが抜けた後のセリフみたいな言い方でつい笑いそうになる。


「今度はステラの番か。」

戻って来たクロエがため息をつく。すまん。ステラの方も頼むわ。

彼女たちを見送るとセバスチャンが近づいて来た。どうした?

「旦那様。日本政府からの了承が出ました。旦那様と真綾の修学旅行への参加が認められたのです。」


 そうか⋯⋯。あまり嬉しそうでない俺の様子に執事セバスチャンいぶかしそうに眼鏡の位置を直す。

「ゲームができなくて残念でしたな、旦那様。ただ、ご友人との思い出もまた良いものだと思いますが。」


 ふ、見抜かれていたか。これで決戦の時が近いたわけだ。勇者パーティはどうあれ、あのリュパートだけはたおさねばならない。そう、「倒す」のではなく「斃す」のだ。


 



 




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