勇者との戦いに臨む魔王【俺】の物語。

 「強いな。」


 それが感想だった。敵に対する称賛は侮るよりも有益ではある。油断しないためだ。敵味方の弱点は明白だ。こちらの勝利条件は無尽蔵魔力の供給源であるリュパートを無力化すること。そしてあちらの方は付与魔法で味方を強化し続ける俺を無力化することだ。


 トニーやジャスティンの薫陶くんとうよろしく勇者たちの魔法は格段に強くなっている。魔法とは火風水土の四属性に分かれているが、実際にはベースとなる魔法の違いであって土台の上に構築される術式は他の属性も組み合わせている。


 だから魔法だけでなく科学を十分に理解してこそ、魔法の術式はより強化される。魔法オンリーの異世界に転生したこちらの世界の人間のストロングポイントでもある。アストリアの科学はまだ錬金術レベルでしかない。


 だから四天王と言えども相手に遅れを取るのは仕方がないのだ。こちらが徐々に押され始める。セバスチャンが思念通話で俺に尋ねた。

「しかし旦那様。いったいリュパートはどこから魔力を供給しているのでしょうか?まるで水道の蛇口を開けっぱなしにして溢れた風呂の水を掻き出しているかのようですね。」


 確かにな。言い得て妙な例えだな。どうにかしてあの蛇口を閉めるしかないってことか。あの魔力召喚陣をなんとか止めてやる。それほど難しくはない術式だがその構築中俺が無防備になる。かと言って四人とも勇者たちとの戦いで手一杯だ。マーヤ。そんな時、君はいつも俺のことを守ってくれたよね。いや、今回は真綾抜きでなんとかするって決めたのは俺自身じゃないか。


 召喚陣封じ。それは完全な形の魔法陣の形を崩すことだ。普段の戦いなら既存の術式をなぞるだけなんだが、それは俺の手の内を知るジャスティンによって防御されている。だから魔王の術式を混ぜ込まなければならないのだ。これがタイムラグを生み、勇者パーティへのアドバンテージになっている。


 脳裏にマーヤの顔が浮かぶ。俺を守るために口をきりりと結び、神経を集中させるマーヤの横顔。凛々しくて可愛くて愛おしくて。それを奪ったのが王、リュパートなのだ。


 俺の魔法が形を為し、ついにリュパートが展開する魔法陣を捕らえた。魔法陣が歪みむと消滅する。しかしリュパートは不敵な笑みを浮かべこちらに視線を送る。


「残念だな。お前の手は想定内だ!」

再び顕現する魔法陣。ジャスティンのやつやはり読んでいたか⋯⋯。

「旦那様!」

ドロシーが叫ぶ。いずこから放たれた魔弾が、術式構築のために薄くなった結界を突破して俺の腹部に着弾した。

「え?私じゃないよぅ。」

ステラが慌てて自分の魔銃を確認する。そう、探査魔法の範囲外から撃ち込まれた銃弾だ。


 ただ、それも俺の想定内⋯⋯だ。

リュパートの魔法陣から伸びる魔力の束が曲がり、やつの腹部を貫通する。やつは獣の咆哮のような叫びを上げた。元はやつの持つ杖に嵌め込まれたタリスマンを経由して勇者パーティに送られていた魔力がやつの体内に行先を変えたのだ。


 俺は魔法陣を消すために干渉したんじゃない。魔法陣を通して供給される魔力の出力経路を弄るための干渉だ。魔法陣再稼働後、俺につけられた傷の場所と同じ彼の身体の場所を魔法陣からの魔力の出力先に指定しておいたのだ。


 純粋で強力な魔力が大量に、そして直接リュパートの体内に流し込まれる。言うなれば高圧電流を身体に直接流し込まれるようなものだ。


 リュパートが断末魔の叫びを上げる。それは痛いなんてもんじゃない。体内の水分を蒸発させ、内臓を一気に炭化させるレベルのエネルギーだ。


 「肉を切らせて骨を断つ」。

恐らく魔法の行先の設定が任意だったので彼らも俺の目論見には気づかなかったのだろう。リュパートが昏倒すると炭化した胴体と頭部が砕け散り、両手と下半身だけが地面に残る。焼き尽くされているために血は一滴も流れていない。


 ⋯⋯マーヤ、君の仇は取った。もっともそんなことを喜ぶような彼女ではない。


 それに俺も無事ではない。俺に撃ち込まれたのは聖女の「浄化魔法」が込められた魔弾。魔族や魔王にとっては「猛毒」だ。全身を焼けるような激痛が走る。⋯⋯真綾さえいれば⋯⋯。真綾。




 

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