大切なことに気づく【私】の物語。マーヤと真綾

  マーヤさんはなぜ私に一言もないのだろう?


 ここは髪留めバレッタに嵌め込まれた魔石の中に構築されたマーヤさんの記憶の世界。私を「助け」出したマーヤさんと私はベッドに並んで腰掛けている。


 マーヤさんは何も言わずに座っている。その横顔は私と全く同じ顔だ。ただ私よりずっと色が白くて真紅の瞳をしているし。透き通るような白くて艶やかな髪。伸ばしすぎると枝毛っぽくなる私からしてはすごく羨ましい。


 奏にとっての私はマーヤさんの代用品かわりなんだろうな。しかも彼女は優しくて料理がうまくて。私はお屋敷のみんなからマーヤさんの話を何度も聞かされた。魔族としては「下級」だったのに、力を持った魔族を含むみんなに慕われていた。私はかつての彼女の存在に正直プレッシャーというかコンプレックスを感じている。


 マーヤはマーヤであって私は私。比較されていたわけじゃないけど。私は彼女を無意識にライバル視して嫉妬してたのかもしれない。女としては彼女の方が遥かに上なんだ。


 たぶん、これが私が奏と一緒に行きたくなかったほんとの理由。彼は私の横顔にマーヤさんを重ねているだけ。私は愛する人を忘れないための道具でしかないことを思い知るのが怖いのだ。


 「そんなことはないですよ。」

初めてマーヤさんが口を開いた。私と同じ顔でこんな表情ができるんだってくらいに優しい笑顔だ。

「私もあなたのことがとても羨ましかったの。」

どこらへんがでしょう?そこでマーヤさんの記憶が再生される。


 明け方の紫がかった空。星を見上げている奏とマーヤさん。魔王討伐の旅の途中の出来事だろう。

「ねえ、真綾さんってどんな人だったの?」

マーヤさんが尋ねる。自分の命と引き換えだったんでしょ?そんな価値があったかどうか、という意味なんだろうか?


「いや、引き換えるつもりはなかったよ。結果としてそうなっただけで。でも後悔は全くしていないよ。あそこで俺が生きて真綾が死んでいたら俺はきっと自分を責めただろうし、立ち直れずに引き篭もりにでもなっただろうな。」

おい、私とは真逆な反応だな。私はあんたの分まで生きようと必死でしたが。


「あの頃はもうすっかり彼女とは疎遠になっていたけどね。幼い頃、幼稚園くらいの時は毎日のように一緒に遊んでたんだ。俺の初めての友達で初めての親友。⋯⋯そして、多分初恋の人。」

「多分」てなんだよ⋯⋯。


 「小学生になってさ、女の子と遊んでると同級生にからかわれたりしたから、いつの間にか離れ離れになってた。でも他の子たちと遊ぶ真綾を見るといつも胸がチクチクしたんだ。どうして友達をやめてしまったんだろうってね。逆に言えば俺も彼女を傷つけてしまっていたんだろうな。⋯⋯だから真綾には幸せでいて欲しい。彼女には俺の命をかけて守る価値が十二分にあったってことさ。だから俺は今度は命をかけてマーヤ、君を守りたい。」

そう言ってから奏はマーヤさんの身体を引き寄せる。


 そうだ。私は奏のおかげで今の命がある。私はまだ彼にその恩を返してはいないんだ。そして奏も大切な存在を奪われる悲しみも辛さもよく知っているんだ。


「真綾さん。奏は勇者の皆さんを殺したいとは思っていないわ。でも、彼らの命を奪わないためには互いの能力が拮抗してたらダメなの。彼の方が圧倒的に強くないと話し合いに持ち込めないのよ。⋯⋯だからあなたの力が必要なの。あなたの血には私と同じ、彼の力を倍加させる力があるの。だから彼を、そして勇者さんたちを助けてあげて。」


 私はようやく理解した。奏が「失敗」だったと言った意味が。そして後悔した。でも私の身体は今、バンちゃんの魔法で指一つすら自分の意思で動かすことができない。どうすればいい?


「大丈夫よ。この魔石にはたった一つだけ使える魔法があるのよ。大切な人を思うとその人のそばへと行ける魔法。さあ、目を閉じて。」

マーヤさんの手が私の手に重なる。私は強く念じた。







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