復讐者となった【王】の物語。

 とてもバカンスどころではなかろう。勇者の苦痛に耐えかねて泣き喚く声が聞こえる。造りがしっかりした屋敷だから音が漏れることはあまりなさそうだ。


「死にはしない」とは約束したが「死ぬほど苦しい」のだ。あの薬は「魔王化因子」というものが含まれているらしい。それは魔王の血から遺伝子ゲノムというものを取り出し、解析してその因子を複製するのだという。


 それを「勇者」に投与すればあの小僧と同じ魔王勇者に変ずることが叶う。私が求めていたものだ。


 私の世界では魔法に頼りきっていたため、科学という自力で行うための学問はどうしても後回しにされて来た。魔王の血をどこで手に入れたかだって?あの高山奏が自ら提供したのだ。そう、DNA鑑定とかいうもののためにな。


 私が憎いのは「魔王」の高山奏である。そして私が嫌うのは「勇者」の高山奏である。


 魔王ザムシャハークが我がアストリア王国に巣食ったのは私が王位を継いで間も無くの頃だった。私は討伐を試みたが人間のみの軍隊では魔王軍に全く歯がたたず、親友と妻の弟がその戦いで命を喪った。今でもその恨みを忘れたことはない。


 私の祖父は異世界から来た英雄、宇崎浩輔うざきこうすけであった。祖父は前の魔王を倒し、後に女王となった祖母と結ばれたのだ。だから私にも英雄の資格があったはずなのだ。だが、私には勇者の印は現れなかった。私は心底失望した。だから平凡な少年にしか見えない高山奏が勇者の印をあっさり手にした時の愕然とした思いは今でも忘れたことはない。


 私の望みは、あの魔王ザムシャハークを無に還すことだったのだ。しかし、あろうことか魔王は高山奏に全てを譲り、彼の血肉の一部となった。彼の中で魔王は永遠に眠り続け、その意識を泡沫うたかたの夢として見続けることだろう。


 私は許せなかったのだ。まんまと逃げ失せた魔王も、魔王の力を取り込んで絶対者となった勇者も、そして、それらの対してなんらすべを持たぬ自分にも。


 私は再び召喚術の研究をはじめた。自分たちの必要に適った勇者を召喚できるのであれば、その逆は出来ないだろうか?そして、ついに私は辿たどりついた。異世界に遁走とんそうした魔王を追討ついとうするために自らが転生する術式に。


 私は魔法陣の上で自ら命を絶つと、白い部屋に居た。ここが転生の間か。祖父に聞いた話が頭をぎる。私は魔法の存在しない世界に逃げ込んだ魔王を討伐させて欲しいと女神にうたのだ。女神にとって魔王討伐をするよう転生者に説得しても自ら願い出る者は珍しかったのだろう。


 私は願いを聞き届けられこの世界にやって来た。チートスキルを手にした最強の召喚術師として。


 私が今身を寄せるロックフォード家。そこに私に会いたいという客が訪れる。彼らも魔王高山奏に恨みを抱く中華連邦という政府の役人らしい。


 彼らは私に魔王討伐のために凄腕の魔術師を召喚して欲しいと頼む。では異世界で魔王を倒した『大賢者』でも呼べば良いのか?ただ、過ぎたる力を持つ者を呼べばそれを制御することもまた、難しい。彼らにそれができるだろうか。


 これは私の予想の範疇はんちゅうの内だ。私一人でここまで来れたわけではない。私と同じく野心にあふれた協力者がいるのだ。


 私が描いた魔法陣から一人の青年が現れる。彼こそが我が娘婿、そして宮廷魔導師長。宰相さいしょう猊下げいかと我が国では仰がれる我が協力者。彼はうやうやしく一礼すると名乗った。


「私はジャスティン・ラウ。魔道士でございます。」



 

 

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