転換点に直面した【賢者】の物語。仲間の意義。

 負傷兵がそこかしこに倒れ、苦痛でうめいている。正気の沙汰ではない。ステラが泣きながら回復魔法をかけて回る。まさに地獄絵図であった。


「ステラ、慌てる必要などない。すぐに元通りにしてやる。」

リアムの雰囲気はすっかり変わっていた。まるで⋯⋯いや、全くの別人だ。いったい何があったのだ。俺たちはホテルの会議室に案内される。そこでリアムが切り出した。


「これまで我々は何度か魔王やその眷属と戦い、そのデータを得て来た。それをもとに我がロックフォード家を中心に対魔王特命班タスクチームを立ち上げたのだ。やつは魔王だが所詮は凡人だ。大義のために何一つ切り捨てることができない、ただの人間だ。だから同じ力さえあればこちらが勝つ。


 我々は魔王を倒し、その力を奪い、この世界の真の支配者として君臨することになるだろう。それを遂行するため、新たなメンバーを異世界から召喚した。」


二人の男は自己紹介する。

「俺はリュパート、魔王高山奏の討伐のために転生した召喚術師だ。」

「私はジャスティン・ラウ。異世界の魔導士だ。」


 彼らによると魔王は単独ではなく、異世界アストリアとの間に自由に行き来できるゲートを持っていて、魔人や魔獣によって構成される魔王軍をいつでも動員できるのだという。

 だからこそその侵攻を防ぐために強力な部隊が必要なのだという。


 ジャスティン・ラウとはあのトニーの話に時折出てくるジャスティンのことなのだろうか。そして、このリュパートと言う男がロックフォード家に近づき、魔王の降臨をらせ、トニーの召喚にも関わっていたという。この上なく胡散うさん臭い。


 リアム、お前はその男に利用されているだけじゃないのか?彼と魔王の間にどんな確執かくしつがあったかは知らないが。だがリアムも分かってはいるようだ。

「十分理解しているよ、ノア。しかし、私の方も彼を利用する。一方的に利用されるのでなければ健全な関係だ。きみたちもそうじゃないか。我々の家族は普段は利害を巡って互いに争っている。でも、共通の敵ができれば互いに利用し合える。それを団結と言うのだ。」


「了解した。私と私の家はあなたにこれからも協力しよう。」

クロエがすぐに申し出た。俺もステラも頷く。二人の男も日本に同行すると言う。


 その晩、ステラが俺の部屋を訪ねて来た。話があるのだと言う。

「ねぇ、ノアぁ。リアムが少し変だよ。それに、魔王さんはそんなに悪い人じゃ無い気がするの。だって、力があればもう日本くらいは支配しててもいいはずだよねぇ。でも、まだひどいことは何もしてないよ。わたし、なんのために戦っているんだろぅ?」


 それは俺が薄々感じ始めていたことだった。魔王の力はすでに完成された状態にある。世界支配を始める機会をうかがっているだけなのだろうか?もちろん、これが俺たちが魔王を倒す大義なのだ。魔王がこの世界に存在する限りその恐怖がぬぐいさられることはない。だからこそ戦わなければならないのだ。


「難しいことはわかんないよぉ。でもステラは魔王さんより今のリアムの方が怖いよ⋯⋯。」


いつもポヤンとしているがこいつは時々鋭いことを言う。俺はステラの頭を撫でてやる。

「そうだな。俺たちは仲間パーティだもんな。あいつが間違ったことをしたら、俺たちで止めなきゃならんよな。」









 

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