仲間に再会した魔王【俺】の物語。

 その曲はリストの「ラ・カンパネラ」。ピアノ曲の中でも超絶的な技巧が要求される難曲。魔法を使ったにせよ、彼は易々と弾きこなしていた。


 その男の名はジャスティン・ラウ。かつて異世界で共に旅した戦友。そして、たもとを分かつようになった仲間。


 久しぶりに見た彼はすっかり大人びた顔つきになっていた。そりゃ異世界の王女リリアと結婚して国政でも重責を担っているのだから当然と言えば当然か。


 彼が演奏を終えると拍手が沸き起こる。彼は椅子を立って一礼すると俺たちの方に近づいて来た。


「久しぶりだな、奏。」

ああ。俺が異世界アストリアを去った日以来か。

「トニーもこっちに来てるそうだな。旅行にしてはずいぶんと長いなと思っていたんだ。」

ジャスティンがトニーを探す素振りをする。トニーは「勇者」の召喚を受けたんだ。お前も勇者に呼ばれたクチか?


「さあね。⋯⋯きみはマーヤ?」

視界に入った真綾に気づいたのかやつは驚いたような声を上げる。


「奏、君はどうやってマーヤを⋯⋯いや、そう言えばマーヤは君の幼馴染と良く似ていたんだったね。いや、びっくりしたよ。本当に良く似ている。」

 すぐに別人と気づいたようだ。そしていつもの落ち着きを取り戻したようだ。


「ぼくも2学期からこの学校に転入することになってね。挨拶がてら寄ってみたまでのことだよ。しばらくの間よろしく頼むよ。行こうか、母さん。」


 は?お前、アストリアはどうしたんだ?なぜこんなところに来たんだ?俺はそれを聞こうとしたがクラスメイトたちに交代の時間だと引っ張られる。


 それに「母さん」だと?ジャスティンの周りには彼の家族とおぼしき男女が3人いた。両親と姉だろうか。やつは異世界ではあまり自分のことを語りたがらなかった。俺が知っているのはこの世界で事故死して転生したこと、両親と姉の4人家族だったこと、それくらいだ。


 そして、やつは権力を持つことに対する異常なまでの執着心があった。なにしろジャスティンはリリアと結婚を望み、王室に入ることを望んだ。だからなんとかしてマーヤを俺にくっつけてリリアから引き離そうと腐心していた。


  その上、俺に権力を持たせないために俺とマーヤを宮廷から辺境に追いやり、ついには俺の異世界からの放逐にも成功した。俺がこちらに帰って来たのもこれ以上アストリア王家に関わりたくなかったからでもある。


 そう、魔王を倒した後、俺たちの進む道は交わることはないはずだった。それは自然なことなのだ。しかし、なぜこんなところで再び交わってしまったのか?


「大丈夫?奏。」

顔色が悪いのか真綾が心配する。やつには気をつけた方が良い。

「マーヤさんはジャスティンさんは優しかったという印象しかないけど。あんたとの事を悩んでいた時、ずいぶん励ましてくれたって。」

 その方がやつにとっては都合が良かったからさ。でも、そうは言えなかった。


「ねえ奏!あの転校生カッコいいね?知り合いなの?」

紗栄子と華が食い付く。やつは既婚者⋯⋯じゃない、婚約してる。お姫様とな。


 「もう!良い男っていっつもそう。必ず余計な女が付いてるんだよねっ。」

二人の耳はピクピクと震える。

はいはいそうだね。気を取り直して営業頑張ろうな。


来客もピークを迎え、俺はジャスティンのことなど気に留める間も無く働かされた。


 

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