エピローグ:娘を思う【パパ】の物語。後編
そしてあの日以来もう5年は経つだろうか。私も高山氏と同じように真綾との接触は許されていない。二人の生活の様子は「魔王通信」というブログの形で三橋家と高山家だけに定期的に配信されてくるのだ。しかもこちらからはコメントは書き込めず、ただ「いいね」を押すことしか許されないのだ。
私はスマホをカウンターの上に置いた。その画面には真綾の生まれた時から最近のメイド姿までの画像がスライドショーの形で流れていく。
私はたまに、これをつまみに居酒屋で酒を飲む。ちょっとだけ涙ぐみながら。そんなことは妻の前では絶対にできない。だからこうして出歩いた時にそうするのだ。
「真綾さんの写真ですか?」
高山さんの問いに私は頷く。
「ええ。私には勿体ないくらいのいい子でした。まあいずれどこかの『馬の骨』に嫁にやるんでしょうけど。……でも、あまりに心の準備ができていないほど突然だったのでね。いや、あなたを責めているわけじゃないんですよ。」
高山さんも肯く。
「ええ、分かっています。⋯⋯でも私は……。たとえ会うことが許されないとしても、確かにあの子がこの世界のどこかで生きていてくれている、それだけでも嬉しいんですよ。」
私ははっとした。そうだ。「死んだものとして諦める」と「本当に死んでしまう」のは天と地ほども違うのだ。
「あっ、失礼。」
高山さんはポケットからスマホを取り出した。そして画面にしばらく見入っていた。そして目尻を指で拭う。
「三橋さん。『魔王通信』が更新されてますよ。」
私はスライドショーを中断し新着のブログに目を落とす。
「赤ちゃん、授かりました。」
太い字が踊る。私は夢中になって読んだ。かつて私が若かりし頃に真綾が妻に授かったと聞いた時、心に沸き上がったのは喜びという感情よりも心底責任感の重さに打ちのめされたものだった。しかし、孫が授かったと知った今はこんなにも心が踊るものなのだろうか?今の私は最高に幸せな気分だ。すぐにでも外に飛び出して「カズダンス」を踊ってから『やったぜ!』と絶叫してやりたい!そしてその気持ちは今隣にいる男も一緒だった。
「乾杯しましょう!三橋さん。」
「ええ、私たちの孫に!」
私たちはグラスのビールを一気に飲み干した。胃の中からぐつぐつと何か熱いものが湧いてくる。きっとこれが「感慨」ってやつに違いない。
「おめでとうございます。私にとって初孫なんです。くそぅ、まだ50になったばかりなのに!」
「こちらこそ、おめでとうございます。私の方も初孫ですよ。」
すると二人のスマホが鳴りそれぞれの妻から早く帰って来るようにと催促が来た。
「そうだ、ワインを買って帰りましょうか。家でそれぞれ乾杯しなけりゃなりませんからね。近くに良いワインを手頃な値段で扱っているところを知っているんです。今からどうですか?」
高山氏の提案に一もにもなく同意した。
「いいですね!」
二人とも大して飲んでもいないのにとんでもないニュースのせいで少しふらつきながら居酒屋を後にした。よし、ここは奮発して真綾の誕生年のワインでも買っちゃうぞ!
もっとも結構な値段だったので、あとで家内にこってりと絞られることになるとはその時は思いもよらなかったが。
おめでとう真綾。そしてありがとう。俺を世界一最高にハッピーなおじいちゃんにしてくれて。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
「真綾、実家の反応はどうだった?」
彼は優しく私の肩に手を置いた。赤ちゃんが授かってから私のことをギュッとしたいけど我慢してる、そんな感じがひしひしと伝わってくる。
うん。みんないいねをつけてくれたみたい。無事にこの子が生まれたら動画もアップしてもらおうね。
「真綾は
彼はお腹に手を置く私の手に自分の手を重ねる。
「大丈夫みたい。わたし結構生理が重い方だから、その分逆に快適かもね。」
家を出てこの屋敷に来て5年が経つ。もうマーヤさんより私の方が彼と過ごした年月が長くなった。マーヤさん、どうせ転生するならいっそのこと私のお腹に来てくれれば良かったのに。
幼い頃偶然に出会った私と奏。奏が私を助けてくれてから私たちの物語は急転直下の連続だった。終わりのないジェットコースター、そんな感じ。いっぱい笑っていっぱい泣いて。
そんな時いつもマーヤさんの記憶と思い出が私を支えてくれた。一度も会った事がない私のいちばんの親友。これからもきっと彼女の思いが私を支えてくれるだろう。
これは私たち二人だけの物語じゃないんだ。私たちの家族も友人も仲間も。みんなの思いと物語が重なりあい、混じり合う。
きっとまた生まれて来るこの子にもたくさんの出逢いが待ち受けている。最初に会うのはママである私とパパである奏。こうして新たな人生という物語は生まれそして紡がれていく。
だから私三橋真綾は幸せですよ。お父さんお母さん、私を生んでくれて育ててくれてどうもありがとう。今心からそう言えるよ。
(完)
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