エピローグ:エピローグとキャラ設定(作者用備忘録)

エピローグ:娘を思う【パパ】の物語。前編。

その屋敷は外からでも良く見える。広大な庭にたたず瀟洒しょうしゃな洋館は昭和の初期に貴族の邸宅として建てられたものだ。戦後には一時進駐軍に接収されて軍幹部の公邸に使われた歴史もある。23区内とはとても思えない贅沢な敷地の使い方だ。


そこに若い女性が出て広々としたウッドデッキに置かれた鉢植えにジョウロで水を撒いていた。それが私の娘だ。

真綾まあや⋯⋯。元気そうで何よりだ。」

しかし、親といえどもこの敷地の奥、屋敷の近くに許可なく立ち入ることはできない。


「警告。この敷地には魔力による強力な結界が張られています。許可なく侵入するものには死を望むほどの辛い仕打ちが待ち構えています。」

そう看板に日本語、英語に加えてハングルと中国語(簡体字)で書かれている。なんとも物騒な文言だ。


 私はそこを立ち去ると渋谷まで電車で戻る。表通りから一本入った裏通りの居酒屋に入った。ようやく夕暮れになり営業を始めたばかりでまだ客もまばらである。するとカウンターに見覚えのある背中がこちらを向いていた。隣には大きな楽器のケースが立てかけられていた。


「あれ、高山さんじゃないですか?」

私が声をかけると男がゆっくりと振り向く。やはり彼だ。

「これはこれは三橋さんじゃないですか。久しぶりです。いやはやこんなところでお会いするとはまさに奇遇ですね。」


私は三橋哲也みつはしてつや。魔王に娘を「嫁」にやった男だ。さいたま市内で土建業を営んでいる。娘の真綾のお陰で地方だけでなく国からの仕事まで受注するようになり、霞ヶ関からの帰りに真綾の様子を覗いてきたのだ。


 「すみません。うちのバカ息子がお嬢さんを。本当に申し訳ない。どうぞ、よかったらここに。たまには一緒にどうですか?」

恐縮するのは高山徹也たかやまてつや氏。魔王である高山奏たかやまかなでの父である。字は違うが同じ「てつや」であることが私たち二人の奇妙な連帯感を生んでいた。


「いやいや。先に奏くんに命を助けてもらったのは真綾の方ですから。お互い様ですよ。」

私は彼の隣の席に座る。

「すみません。生中一つ。」

出されたお通しをつまみにビールを喉に流し込む。


私が高山さんの背中を見たのは奏君の葬式以来かもしれない。あの時はまさに「居た堪れない」気持ちになった。彼は高校1年生の息子を事故で突然喪ったのだ。それも私の娘の命と引き換えに。に。


無論、悪いのは運転手であるが、彼も憎くてそうしたのではなく、純粋な過失なのだ。

「私は⋯⋯いったい誰を恨めばいいのでしょうね。」

 高山さんの言葉が痛いほど私の胸に突き刺さった。その時、私は霊前に奏君の成仏を願った。


だから半年後、ひょっこりと奏君が帰って来た時は驚いた。彼は「仏」どころか「魔王」に成って帰って来たのだ。彼はとても高校1年生とは思えないほど精悍な顔つきになっていた。すでに異世界で4年の月日を過ごして来たかららしい。


真綾と一緒に挨拶に行った時、私は奏君の放つ「オーラ」に圧倒された。この「男」はヤバイ、その目で睨まれたら、普段荒くれな男たちを顎でこき使っている私でさえ、負け犬のように仰向けに寝転がって腹を見せかねない。そんな圧倒的なオーラだ。しかし真綾はキョトンとしていた。


 奏君は真綾の前でひざまづくとその手の甲にキスをした。その一連の動作には一分の隙もなかった。高校まで剣道を嗜んだ私でさえだ。そう、これは人を殺めた経験がある人間のものだ。


「怖くないのか?あの『男』は人を殺したことがある。そういう眼をしている。」

私は家へ帰る途中、変わり果てた奏君の雰囲気について真綾に尋ねた。

「そう?私には悲しさをこらえているようにしか見えないわ。大事な人を喪ったことがあるような。……そう、お葬式の日の奏君のパパと同じようなね。ううん、奏君が死んでしまってからの私と同じ目ね。」


そして、間もなく政府は「魔王・高山奏」と「国家安全保障条約」を結ぶと発表した。その後の活躍は誰の目にも触れないが、その結果は極めて有用で、年間1000億円はむしろ安すぎる、とさえ思われた。


 それは政府もそう思ったのだろう。程なくして政府から真綾を「供出」するように求められたのだ。政府は奏君がそれを望むので逆らえないの一点張りだ。私は高山徹也氏に土下座をして奏君との執り成しを依頼したが、かえって土下座で謝罪された。すでにご両親でさえ個人として奏君と接触できないのだという。これは高山家の人たちが平穏な生活をするための国家と奏君の取り引きによるものだった。


 しかし、政府の「申し出」を断ると私の事業は頓挫とんざした。政府や自治体が私の会社を公共事業の入札から除外したのだ。土建屋が公共事業無しで生きて行くのは不可能だ。私は仕方なく事業をたたみ妻の実家を頼ることにした。私の人生をかけた事業を手放すのは悔しいが、娘の将来と引き換えにはできない。


しかし、真綾は事情を知るとすぐに家を出る決心をした。

「大丈夫。奏のことは私がなんとかするから心配しないで。奏は魔王だけど中身は大して変わってないはず。だから確かめてくる。もし奏がこんな悪代官みたいな奴になっていたら根性叩き治してやるんだから。」


 そう言い切ったあの子の目には不安も恐れも全くなかった。ただ真っ直ぐな瞳だったのだ

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