クリスマスに翻弄される【俺】の物語。

 期末テストが終わった日、放課後トニーを訪ねて美術準備室に行く。珍しいな、と怪訝な顔をされた。俺がなかなか相談を切りだそうとしないのでトニーの方が痺れを切らす。

「で、真綾ちゃんにきちんと告白することにしたんだろ?さっさとやれ。怖いんなら、ほら、あの最初の飛行魔法の練習を思い出せよ。あん時の着地の恐怖に比べれば大したことはないさ。」


 わ、分かってるよ。それで、クリスマスプレゼントを渡しながら⋯⋯なんてどうかな?俺も自分でもじもじしてんのが恥ずかしすぎる。


「じゃあ、指輪でいいんじゃね?⋯⋯陳腐だけどな。」

トニーがめんどくさそうに言う。


「だいたいプレゼントなんて必要か?まずちゃんと自分の気持ちをはっきりと伝えりゃいいだけじゃねえか?まったく、お前が真綾ちゃん一人に告白する間に俺は5人くらいには告白できそうだな。」 


 くそー、イタリア人め!俺がやっとの思いで相談してんのに扱いが雑じゃねえか。いっそイタリア人にでも転生したかったわ。で、指輪を作って欲しいんだが⋯⋯。


「なんだ、商売の話なら遠慮すんなよ。まあなんだ。日本人は形式を整えるのが好きだよな。まあコレ次第でイイ感じに仕上げてやるさ。台座とリングはな。」


 じゃあ宝石いしの方はどうするよ?

「それは俺に一つ考えがある。それにしても恋はいいよなぁ。細胞一つ一つに活力がみなぎるよ。」


 話はやがて例の作戦の方へと逸れていく。それで健介とは連絡がついたのか?

「いや、女神の横車が入ってな。治癒魔法以外はほぼ制限されているらしい。移動手段が制限されたかなりハードな探索らしくてな。」

 そうか。それはエリスもさぞかし心配しているだろうな。


  屋敷に戻ると来客があった。亜人族の首長たちが来ているのだという。亜人と言っても出自は様々なのだ。エルフ、ドワーフ、ホビットは本来は単身で生活するはずの妖精たちが共同体を作って地上での生活を始めたことによって生まれた亜人だ。他には妖魔や魔獣の系統の亜人たちもいる。


 和室に置かれた長テーブルにファンタジー世界の住人が並んで座っているのは結構シュールな光景ではある。

 彼らにクリスマスのコンセプトを説明するといろいろな意見がでる。結局、魔王国の「降誕祭」をイメージすることになった。

 

 降誕祭は魔王生誕の日に城下で祭りを行い、種族にかかわらず共に飲み食いし、歌ったり踊ったりする平和な祭りである。俺も一度だけ「主役」に祭り上げられたことがあった。


 主役と言ってもただのお飾り。街中で繰り広げられる宴会パーティーは無礼講であり喧嘩は絶対禁止。もちろん、悪質な嫌がらせは取り締まりの対象だが、ささいなぶつかり合いは「陛下に乾杯」と互いにジョッキを合わせ、酒を飲んでおしまいにしなければばらないのだ。


 「今年は主役がお留守でしたのでね。寂しかったですぞ。」

ドワーフの長老が茶目っ気たっぷりに言う。うそつけ。

「そうそう、みんなで陛下の分も楽しむぞ!ってがんがん飲んでいたじゃないか、お主も含めての。」

ホビットの族長がつっこみをいれた。


「陛下、二人とも暗に酒と肴を要求してございます。」

エルフの首長が二人の言葉を「翻訳」する。


 そうだな。飲みながら会議するか。話がまとまる頃には俺の方はすっかり出来上がっていた。この妖精系亜人は酒に強く、特にドワーフはほぼザルなのでうっかりペースを合わせてしまってはいけないのだ。


 夢を見ていた。そう、去年の降誕祭。俺は城のバルコニーから夜空を彩る花火をマーヤと一緒に見ていた時の記憶だ。マーヤが夢に出てきたのは初めてだった。


「ねえ奏。ずっと先の話かもしれないけど。」

マーヤが切り出した。

「私も半魔族だから人間よりは長生きするけど、魔王のあなたよりずっと早く死ぬわ。そして、他の世界へ転生していく。こうやって輪廻りんねは続いていく。

 だから私が逝ったら遠慮しないで次のお嫁さんをもらってね。」


 そんなことはさせないよ。たとえ悪魔だろうが天使だろうと君をぼくから奪わせはしないさ。俺はそう言って彼女を引き寄せる。マーヤは嬉しそうに自分の体に回された俺の腕に手を添える。そして言った。


「奏、私は十分に幸せなの。だって、私はあなたを愛し、あなたに愛されるために生まれたから。だから私が死んでもきっと私の代わりに生まれてくる人がいるはずなの。その人を見つけてあげて。あなたが私を見つけて幸せにしてくれたみたいに。」

 そういったマーヤの満面の笑み。花火に照らされたその笑顔。この世界にこんなに愛おしい物が存在するなんて。


 そして、マーヤはその時すでに自分をとりまく人間たちの悪意の渦に気づいていたのだろうか。



 

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