婚約者を見送る【勇者】の物語。

 失ったものの大きさは失った後でしか分からない。


 冷たくなったマリーの身体。ステラの魔法で遺体の保存をしてもらっていた。

彼女の葬儀は彼女が生まれ育ったパリで行われた。彼女の亡骸なきがらはパリ東郊のペール・ラシューズ墓地に葬られた。


 見送ったのはぼくに仕える執事やメイドたち、彼女の近親者、そしてパーティメンバーたちだった。ジョーは姿を変え、執事たちの群れに交じっての参列だ。


 棺に土がかけられる。その瞬間、ぼくは目をそらす。溢れそうになる涙を懸命に堪える。勇者はいかなる時にも冷静に。子供の頃からの苛烈な訓練はぼくの感情表現を十分に歪めている。両脇からクロエとステラが手を握ってくれた。


「マリーは転生した。その魂は別の世界で確かに生きている。だからこれ以上自分を責めるな。」

 ノアが慰めてくれる。でも、ぼくの心はそれを受付けようとは思わない。誰にもぼくの気持ちなんかわからないだろう。マリーの父は真っ青な顔でぼくを迎えた。本来ならぼくを殴り飛ばしたいに決まってる。彼はそれどころか彼女の妹のシンシアを姉の代わりにと紹介して来た。これが、貴族社会の闇とでも言うものか。


 彼女の棺の上、そして墓標にも数多くの花が手向けられた。花の匂いは彼女が育てていた花を彷彿とさせ僕の心をいっそうの悲しみが蝕む。


 突如警備が騒がしくなる。屈強な警備員たちが全く身体を動かせないでいた。大きな白い花束を抱え、喪服に身を纏った男がそこに立っていた。


魔王だ。


 彼は重力魔法で警備員を縛ったのだろう。ベンチブレスで120kgを軽々と持ち上げる彼らもトンレベルの拘束で指一本動かせない。彼の後ろには彼の執事とトニーが控えていた。


「何をしに来た?」

 ノアが僕を庇うように立ち塞がる。しかし彼は黙って向きを変えると墓標に花を手向ける。墓標にはマリー・リュパン・ロックフォードという名と生没年しか刻ませてはいなかった。


 僕には戦意が湧かなかった。感情という感情が今の僕には湧かない。全ての時が僕の中で止まっていた。

 彼は黙祷を捧げた後再びこちらに近づく。ノアは戦意を感じなかったのか僕の前に彼を通す。魔王は僕の両の二の腕をしっかりと掴む。驚いたクロエが構えを取った。その時だった。


うわぁぁぁぁぁぁ。


 魔王が泣いた。彼は一言も言葉にせずただひたすら地面したを向いて大声を上げて泣いた。3分は泣いていただろうか。涙を執事から渡されたハンカチーフで拭きながら立ち去って行った。警備員たちが課せられた魔法の枷はそこで解かれる。


「悪い。奏にここまで送ってもらったんだ。例の作戦についてお前にもきちんと話しておきたかったんでな。」

トニーがぼくの身体を力強く抱きしめる。

「奏も、かつて最愛の人を喪った経験があるんだぜ。今のお前と同じようにな。」


ぼくが墓標を見ると勝手に魔王が墓碑銘エピタフを彫って行った。くそ。僕の頭の中を勝手に読んだのか、経験に基づくものなのか、ぼくが迷いに迷って彫らせなかった文言だった。


マリー・リュパン・ロックフォード、享年17歳

「My Everything 」(ぼくの全て)


 ぼくは初めて涙がこみ上げて来た。戦う機械に過ぎなかったぼくを人間の勇者にしてくれた彼女。ぼくの全て。そしてぼくの「My Dearest 」(最愛の人)。


 ぼくはトニーの胸にすがって泣いた。まるで小さな子どものように。


 自分の気持ちを見透かされた悔しさと、魔王などと気持ちを共感してしまった気恥ずかしさと、自分が赦された気がした安堵感と。それが次から次へと涙をひきづり出していく。


冬の曇天から彼女との別れを悲しむように雨粒が落ち始めた。きっと彼も言うだろう。

「これは涙ではない。雨粒に過ぎない」と。







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